● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

砂場200910

先々週のことです。

Smileの練習の後、すてっきに会いに行きました。

幾許かの希望をもって。

すてっきはこないだよりも目の表情はよくなっていました。

ほっと安心しました。

でも、こないだのことは本当になりました。

相方と一緒に行きましたが、すてっきが大好きな相方のことは認識しているのに、その連れ合いの私のことは忘れてしまいました。

すてっきが永遠に目を閉じてしまう瞬間まで、すてっきの娘でいさせてほしいと思いましたが、どうやらそれは叶わなかったようです。

私を忘れてしまいました。
本当になってしまいました。

あんなに仲良しだったのになぁ・・・・。
どうして忘れてしまったのだろうなぁ・・・。


そんなわけで、先週1週間は心が曇ってかなり落ち込んでしまいました。

これから私はどのような間柄の人間を演じるのがベストなのだろうと、色々考えあぐねていました。
すてっきのお友達でもいい、妹でもいい、とりあえず繋がっていることが大切だからと、そういった気持ちでこの週末、すてっきに会いに行きました。

「お母さんは今日こないの?」から会話は始まりました。

どきどきしながら訊いてみました。
「私が誰だか知っている?」

すてっきは名前を思い出してくれました。

すてっきはクリンビューでこころの曇りガラスを拭いてくれました。

しかし話を聞いていくうちに、名前は思い出したものの、私が娘なのか、妹なのかきちんとした識別は出来ていないようで、更には私の年齢を50歳と勘違いして覚えていました。
兄の年齢よりも遥かに上のその数字、いったいどこで確信を得たのでしょう。

でも、名前を思い出してくれただけで本当に嬉しかったです。
次会う時には、私はすてっきにとってどのような存在になっているのか分かりませんが、とりあえず、すてっきの知り合いの人ということで、まだつながっていられることに感謝です。

昨晩、ちょうど若年性アルツハイマーを題材にした「明日の記憶」の映画の再放送を見て、ラストのほうで、奥さんのこともすっかり忘れてしまい、奥さんが、主人公に分からぬように嗚咽する場面がありましたが、見てられませんでした。

自分の大切な人が自分のことを忘れてしまうのです。

それまでの自分たちが築き上げた時間が脆く崩れ去ってしまうのです。

病気だとはいえ、本当に残酷なことだと思います。


パソコン机の前に、今から33年前に、すてっきが出張先のメキシコから幼い私宛に送ってくれた絵葉書を貼っています。
飛行機を乗り換えてちょうど私の足の下あたりにいるメキシコに着いた、元気にまっていてねと書いています。
伊丹空港に「いたみくうこう」とふりがながふってあります。

確実に父と娘の間柄は、その絵葉書の中では存在しています。
コメント

こんばんは
前にすてっきさんが モリシーのお父さんに似てると書きました 色白で 穏やかな表情。
義父は癌で6年前に他界し 享年68歳という若さでした。最後は見舞いに行っても もう 目が見えなくて、それでも 笑って「もう 目が 見えんようになったわ」とおっしゃいました。

目が見えなくても 息子の声は聞こえていた
近くにいることが わかっていた

それは 身内を亡くした者にしかわからない
悲しさなのか ありがたさなのか

親孝行なんてしない私

でも 明日 半休
だから ちょっと 車飛ばして
実家へ 1人で 帰るつもり
あと 何回?「ただいま」が言えるかなあと
考えてます

まあ 長寿ですから 20回以上はいえるでしょうけど。
2009/10/27(火) 00:20:17 | URL | みい #-[ 編集]

みぃさん>
200キロの帰省、お疲れ様でした。
モリシーさんのお父様、目が見えなくなっても声やぬくもりなどで、モリシーさんやみいさんののことを感じ取っていらしたのでしょうね。
「ただいま」という言葉。
私は実家に帰るたびに、母やすてっきに「ただいま」と言います。
我が家に帰ってきたという感覚なのか、少しだけ嬉しそうにしてくれます。
みいさん、半日200キロとんぼ返りの帰省、十分親孝行なさっていると思います。
ドアの向こうに親御さんの喜ぶ顔が思い浮かびます。
2009/10/27(火) 22:54:04 | URL | Jackey #-[ 編集]
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