● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

さて、遅ればせながら、夏休み(お盆休み)のおもひでをぽちぽちと綴っていこうとおもいます。

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今年も四天王寺の万灯供養にいってまいりました。
昨年よりは若干早い時刻に着いたため、蝋燭は青空の下、ゆらゆらと天に昇っていこうとしていました。

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夕方になると、門前にある行灯もこのように色づいてきます。
このフリンジの(本当は何というのでしょう?)揺れるさまが夏を感じさせてくれます。

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蝋燭に筆で名前や戒名を記すのですが、今年は自分で書いてみました。
結構蝋燭ってカーブがきつくて書きにくいものなんだと実感。
不器用そうに一文字一文字綴る私に、代筆のバイトのお姐さんが、「気持ちがこもっているのが一番やからね。」と。
そう言われると、肩の力もすっと抜けて、自然体で書くことが出来ました。

福、もう一昨年のことになるんですね。
愛した犬は、生きていた頃のまま、変わらない姿で空から見守っています。
私だけ少しづつ先に進んでいます。

最近は、一周忌までのように、日々深く福のことを考えることはなくなり(と言っても毎日お線香はたいています)、勿論犬を見ても思い出して泣くようなことはなくなりましたが、こういう機会はだめですね。

ゆらゆらと風に合わせながら揺らぐ蝋燭の火が何とも儚げで、恐ろしいくらいの速さで走馬灯のように福との想い出がフラッシュバックしました。

いつでもそこにいたのに。
いつでも頼ってくれたのに。
いつでもそばにいてくれたのに。

鼻を赤くした私の横に佇む相方は、今年もはたから見れば悪者に見えたかも知れないですね。
毎年ごめんなさいね。

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帰宅すると、駐車場に蝉の抜け殻と亡き骸がありました。

掌にちょんと乗せて、しばらく思いにふけっておりました。

この蝉も、ご縁があり、この世に生を受けて、宿命により土に還る。

私はこの蝉を見て、いのちの縮図について考えさせられました。

一旦生を受けると、確実に体内時計の秒針は刻まれ、やがて電池が切れて寿命が訪れる。
それを考えると儚げではありますが、意味のない、価値のないいのちなんて、どこにもないのですね。

なんとも感慨深い夏の日でした。
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