● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

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ちょっと前、昔お世話になっていた動物病院が近隣にあるショッピングセンターのペットショップの前を久しぶりに通った時、横にいたごまんが「あんた、また犬飼うの?」と、ふいに尋ねてきました。

私は福を飼う前から、それは幼い頃から犬が大好きでした。

3歳くらいの頃に幼馴染の飼い犬にほっぺを噛まれて顔を縫ったり(母親は女の子の顔に傷がついたと三日泣いたと言ってました)、手を噛まれた傷跡は未だ残っていますが、不思議とそれがトラウマとしては残りませんでした。

理由は簡単。
恐らく普通なら大きなトラウマになるはずの要因も、祖母の家に沢山の犬がいて、彼らは、私の幼児期も、学童期も、そして大人になっても私の良き友達であったことが非常に大きく影響していると思います。色々な犬種の彼らから、私は沢山のことを学びました。

そしてますます犬が好きになっていったのでした。

そして14年前に赤ちゃんの福に出会い、共に暮らすことになりましたが、当初は「人間あるいは飼い主」と「犬」という間柄であったと思います。

しかしそれがいつのまにか「犬」を超えていたんですね。
福が私の何かを変えていったのでしょう。
そして、失ってそれがどういうことなのか、ごまんにそういう質問を受けて、時間が経過した今、理解出来ました。

私のこの感情にきっと似ているだろうと思ったのが、夫婦で連れ添っていた連れ合いに先立たれた時、その後一生独り身を通す場合と、新たな連れ合いを見つけて新生活をスタートさせる場合に分かれると思いますが、私の場合は前者の人々と同じ気持ちなのかもと思いました。

連れ合いへの忠誠を貫くというか、一途な愛を貫く・・というかんじでしょうか。

確かに新しく子犬を育てることは出来ると思いますが、私は気持ちの切り替えが出来ない気がして、きっと福と比べてしまって、子犬にもかわいそうなことをしてしまう気がして。

唯一無二の存在であったのですね。
だから、誰にも代わりは出来ないのです。

だから、私の答えは「もう犬は飼わない。」でした。
決して後ろ向きではなく、前向きな、気持ちです。
コメント

その気持ちよくわかります。一番最初に飼ったペットの影響力は大きいですよね。僕もその昔犬を買ってましたが、死ぬことを全然想定してないんですよね。先立たれたときはそれはもうショックで。妹も同様だったようで、その後犬ではなく猫を暫くして飼いました。その猫も昨年の秋に旅立ってしまって。
次はDJ氏のようにフェレットかな?
2006/01/29(日) 21:11:31 | URL | 不真面目サラリーマン #-[ 編集]

不真面目サラリーマンさん>
おっしゃるとおりですね、頭のどこかではいつか別れがくるのだろうなぁと思っていても、あまり想定していないんですよね。だから直面すると、打撃は大きいですね。お二人ともお辛かったでしょう。
もしいつか何か動物を飼うことがあれば、全くかけ離れているものになる、でしょうね。鰐とか。毎日触っていた手触りが同じ(毛が生えている)ものは、ちょっとためらってしまうかも知れないですね。
ところで今日の「動物奇想天外」で大きなネコちゃんの特集していました。ネコもかわいいですよねえ・・。
2006/01/29(日) 23:06:04 | URL | Jackey #-[ 編集]
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