● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

2014円山公園枝垂れ桜



桜が満開の頃、仕事帰りにふと、足をのばしてみようかと、電車に揺られ京都に出かけた。


この場所にお花見で訪れたのは実に20数年ぶり。

大学の軽音楽部の面々と、茣蓙を敷いて昼から酒盛りをした以来。

そう、その時はお花見だったのに、実際はお花見ではなく、酒盛りに気が向いていたように思う。

あおかったなぁと思う。

もちろん、その時の楽しい思い出はあるし、同じ代の子の笑顔も記憶している。



そして、夜にさしかかろうという時間帯に、円山公園へ。

幸い、平日だったので想像していたよりは人も少なく、ゆっくりと桜を愛でることができた。

枝垂れ桜の前のお店で、赤色の上に佇むジョッキ片手におでんをつつく。



桜って、儚げだからあんなに美しくて、心を奪われるんだろうなぁと思う。

他の花を見てもこんな気持ちにはなれない。

嬉しさと同じか、幾許か勝るくらいの寂しさや影がふんわり沁みてくる。



桜を楽しんだ後、先斗町のおばんざい屋のカウンターで、京都の筍を焼いて楽しんだ。

ぽん酒もいい具合に体に沁みて、気が付けば、地元の電車の終電間際だった。

穏やかで心地よいけだるさを抱えつつ、電車に揺られ、会話を楽しんだ。

大きな駅の分岐点でその人と別れ、お互いにそれぞれの家路についた。



今まで生きてきた中で、鮮明に自分の心のファインダーに焼き付いている光景は3つ。


一番古い思い出は、小学校入学間もない頃、実家裏の公園の桜並木の下で、同じクラスの男子たちと共ににプロレスをしたこと・・

そしてその光景をベランダから母が見ていた・・・

母はどんな気持ちだったのだろうか・・・

女の子に育てたはずなのに・・・なんで最初に連れてくる友達が男の子たちで、しかもプロレスをやっているんだろう・・・なんて。



次は、会社に入ってから。

色々なことが袋小路に追い込まれていた時期だったように思う。

ふと二条城を訪れ、お庭の中のベンチに一人腰かけると、桜吹雪が頭上から足元の緑の絨毯に舞い降り、どんどん桜色へと足元を変えていった光景。

その時の花びらの舞い方や光の差し加減、そして自分の心の色もよく記憶している。



そして3つめは愛犬の福が亡くなる少し前の桜の頃。

福を連れてお散歩がてら、桜を愛でた。

そして、”来年も来ようね。”と約束したこと。

次の年に、約束が守れなかったこと、それでも桜の景色は変わらず穏やかで儚げだったこと。

とても切なくなったこと。

左前にトコトコあるいているはずの小さな毛むくじゃらが私の目の前からいなくなったこと。

失ったものの大きさを再認識し、目の前が曇ってしまって見えなくなったこと。



201404アメ神社桜



先週末、雨で散ったかなあと思った桜はまだ咲いていた。

スタジオ近くの繁華街の中にある神社に時折こっそり訪れるのだが、いつも色々なメッセージが掲示されている。



色々な気持ちにさせてくれるような季節感がある桜が佇む日本に生まれてよかったなぁと、今更ながら強く感じる。

いつまでも、いつまでも眺めていたい。

そして、これからも絶えず自分の心を揺さぶってほしいと思う。

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