● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

先週のある晩、従兄弟から電話があった。

用件のみ手短に伝えて切れた電話。

その内容があまりにも突然過ぎて、私の心は一生懸命その意味を理解しようとする。



私の従兄弟でもあり、電話の彼の弟が35歳という若さで、何の前触れもなく夭折した。

いくつか疾患を抱えていたとはいえ、最近まで元気にすごしていたという。

こんな突然の別れ。



絶句した。



私には父母それぞれのつながりの従兄弟がいるが、私にとって、実際に繋がっていて互いに気にかける間柄は彼らだけだった。

彼の夭折について深い悲しみを覚えたが、同時に、兄弟を失ってしまったお兄ちゃんのほうがどうにかなるのではないかと、とにかく心配で仕方なかった。

ずっと、幼い頃から現在に至るまで、私の妹ごまんのすぐ下に彼らがいるような感覚で生きてきた。

とにかく彼や叔母の支えに何とかなりたいと思った。



子供を失う母の悲しみは計り知れない。

亡くなった従兄弟は遠方に住んでいたため、残念ながら彼の死に目に間に合わなかった。

しかし、きっとこれは亡くなった彼がそうさせたのかもしれないが、GW中に叔母は彼と会う機会があり、彼はその時本当に元気そうで、そしていつものように笑顔であったらしく、叔母にはその姿が彼の最後の姿となって刻まれた。

叔母は楽しそうな彼の姿を最後に見れて本当に良かったと言った。

彼の笑う姿が一生叔母の胸に生き続ける。



私は自分の身近にいる人について、数名、昔のままのイメージが未だ褪せずにだぶって見える。

私にとって、その数名が、妹のごまんであったり、従兄弟たちであったりする。

そういった理由から、私は幼い頃に彼らと遊んだ際、大きな瞳をキョロキョロとしてニーっと口角をあげて笑っている彼のイメージしかない。



棺の中の彼を見た。

やはり幼い頃の笑っている彼がまず目の前に現れる。

しかしその姿がふと消え現実の彼に直面すると、彼の死に顔も笑顔なのだ。

目も口元も笑っている。

昔のままなのだ。

心臓の奥のほうに痛みを覚え、息ができない。

声も出ないくらいにひっそりと泣いた。



お通夜の晩、彼の亡骸のそばで、従兄弟、そして私と兄は添い寝をした。

送り出す最後の晩は従兄弟達と一緒に過したいと思っていた、ありがたかった。

色んな話をした。




いよいよ天国へ送り出す日。

彼に「おはよう」と声をかけた。

朝から辺りは晴れわたっている。

まるで亡くなった彼の笑顔のようにまぶしささえ感じた。




彼の戒名の中には「笑」という文字があった。

誰もが納得した。

彼の笑顔は人々の心に宿り、いつまでもその姿は褪せないのだと思った。




旅立ちの際、私はありったけの笑顔で彼を見送るつもりでいた。

彼が笑顔で皆にお別れを言っているのだから、私も笑顔でお別れをしないと。

棺の中に、沢山の花が手向けられていく。

彼の顔以外が花ですっぽり覆われた姿を見て、いよいよお別れの時なのだと実感した瞬間、私は笑っているが涙腺の扉はもはや制御不能でとめどもなく涙が溢れ出てしまった。



多くの人に笑顔で最後のお別れの挨拶をして、彼は遠い遠い天国へと旅立った。




葬式の翌日、叔母と電話で話をした。

彼女は言った。

「わたしね、あの子を育てて、本当に幸せやったと思うの。本当によかったと思うの。」

彼女の声を聞いて、彼女が微笑みながら話していることが手に取るようにわかった。



彼の笑顔はいつまでも人々の心に生き続ける。
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