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音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

すてっきは認知症になってから、妹のごまんのことを実の自分の妹、そして兄のことも実の自分の弟、つまりは我々にとっては叔父叔母にあたる人間と混同することが多かったのですが、ちょっと前に遡りますが、更なる進展がありました。

その頃、どうやらごまんことを、「フク」という名前として認識し始めていました。

それはいつ訊いてもそうであるということではないのですが、かなりの確率で「ごまん=フクちゃん」の図式が成り立っているようでした。

ここで、私のブログをお読み下さっている方々はピンときたのではと思います。
そう、「フクちゃん」とは、私が14年間飼っていた愛犬の「福」と同じ名前なのです。

最近、私が筆談ですてっきと会話をした際、“私の飼っていた犬の名前を覚えていますか?”
と尋ねたら、 “フクちゃん”と答えてくれたのです。
娘のごまんよりもしっかりと記憶しているので、私は驚きました。


それからなのです、ごまんが「フクちゃん」という名前にすり替わったのは。


その後、兄弟3人がすてっきの病室で揃った際も、ごまんの名前は「フク」でした。

すてっきにとって、とても大切な存在で、可愛らしいという点ではごまんも福も同じなのですが、動物と人間をどうして記憶違いしているのか、なぞは解けません。

それ以前に、すてっきの言うところの「フク」は、私たち家族が知っている、犬の「福」なのかすら分かりません。

そして数日後。
またすてっきの前に大学ノートを開けて筆談を始めました。

「今日の体調はいかがですか?」

“Good!!”

英語で答え始めたので、それ以降は英語での筆談となりました。
私の質問にもきちんと英語で回答してくれていました。


ここで私は好きな動物に関して訊いてみました。
返ってきた答えは”Small dog”。

続けて、私は福のことを覚えているか確認をしてみました。
すると覚えていて、しかも可愛らしいと答えました。

更に核心をつくべく、私は次の質問をしました。

「ところで、私の妹の名前は覚えていますか?」

すてっきが記したのは“フクちゃん”

そして“かわいらしい”と。


悩みましたが、更に核心をつく質問をしました。

「福ちゃんの絵を描いてください」

するとすてっきは人間の顔を描きました。
造作はごまんに似ています。
明らかに犬ではなく人間なのです。
少々団子のお鼻も、福耳も、ごまんそのものなのです。

そして決定付けるために、私は絵の横に「→なまえは?」と書きました。

するとすてっきは“フクです”と書きました。

妹はフクちゃん



「ごまん=フクちゃん」の図式が完成しました。



あまりにもすてっきが笑顔でいるもんだから、私はすてっきを正すことが出来ませんでした。

帰り際に、「それじゃあ、フクちゃんにこれ見せておくね!」
と言うと、すてっきはとても嬉しそうに笑っていました。

ひょっとしたら、すてっきの知り合いに、私たち家族が知らない「フクちゃん」という人間が存在したのかもしれません。
その方がたまたまごまんに似ていたのかもしれません。

しかし我々の見解は、「ごまんとフクちゃんはすてっきにとってとても大切でいて可愛らしい存在という点は共通しているけれど、きっと合体して記憶が新たにすりかわったのだろう」です。


そして後日、すてっきの「いい日」の時、ごまんと二人で、ごまんの名前をきいてみました。

すると、ちゃんと本当の名前を答えてくれました。
すかさず大学ノートの過去のやりとりをさしてみると、

”これおかしいなぁ!!”と。

その時は、名前と人物が一致したようでしたが、病室を去る際に、また同じ質問をしてみると、

”・・・・・・”

少し考えていました。


記憶の断片化と刷り込みが交錯している、どこかであやとりの糸が絡まっているのでしょうか。

姉妹の似顔絵の比較をしてみました。

まずは妹のごまん。
お鼻とお耳がポイント。

20080508ごまんの似顔絵



そして私。
大きな口と小さな耳がポイント。

20080508わたしの似顔絵



きちんと描きわけています。

ごまんのお鼻・・・斬新です。

現在は「フクちゃん」の存在は消え去って、きちんと「ごまん」が存在しています。

まだら痴呆・・・というのは本当に不思議です。