● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

20051231235346.jpg今年も残すところあと数分となりましたが、みなさん思い思いの年の越し方、されているのでしょうね。

私は先ほどまですてっき達と年越しそばを食しながら紅白見たり格闘見たりしてました。年越しそばの後に濃いお茶と三笠を出したのですが、「もうおなかいっぱいだから」とそれには目もくれなかったくせに、プチシューを出すと、すぐに手を出してぱくつくすてっきにはわらかされました。

さて、今年は自分にとって色々とめまぐるしい1年でありました。
楽しいこともあったし、悲しいこともあって、それぞれが私を少しづつ成長させてくれた気がします。

Smileに関して言えば、今年は非常に露出度の多い1年であったように思います。1月の社会人MSの守口でのエリア大会に始まり、GP大会、高槻ジャズストリート、ビートルズでのライヴ、奈良県広陵町での夏祭りライヴ、そして天満音楽祭。どれも思い出深いものでした。
色々なライヴを通じて、色々な方々に出逢えたのも我々にとってはとても大きな宝となりました。
来年も機会があれば是非色々なイベントなどで皆さんにお会いできたらと思います。

そして、自分のまわりではおめでた続きでした。自分が親しくさせて頂いている方々の幸せな笑顔、本当に素敵でした。ゴールインされたみなさんどうか末永くお幸せに、そしてお子さんを授かった方々、あなたの笑顔が赤ちゃんの笑顔の源かもしれません、ご夫婦で力を合わせて頑張ってくださいね!!

自分の仕事に関して言うと、今年の中盤からセンターマン( 某部署と某部署の兼務)になり、新しい部署では頼もしい相棒とバッテリーを組むことになり、とても楽しく仕事をさせてもらえました。ありがたいことです。

そして、今年は私にとってはとても大切にしていた存在をなくした年でもありました。非常に辛い出来事ではありましたが、亡くすことにより、色々な教訓を得る結果となりました。犬の存在とはこんなに大きなものだったのかと、自分でもとても驚いています。福と過ごした14年間は、今では何ものにも代え難いとても貴重な日々でした。福が私にそうであったように、私も福に対して非常に一途な気持ちでした。福はどんな時もまっすぐ私を見つめてくれていました。確実に日々福が私を慕ってくれていることを感じることが出来ました。飼い主にとって、これ以上の何があるというのでしょう。

内面的な自分は、年とともに円くなってきたように思います。よく笑うようにもなりました。昔は笑うことがとても苦手で (ちょうどドラマの野ブタのようでした)コンプレックスでもありましたが、人は変わるのですね。

9月に携帯を買い換えて、画素数もデジカメ並みのものを購入したので、色々なところでふとした風景を写すようになりました。もともとカメラには興味があったのですが、ちゃんとしたカメラ及び備品を全て買い揃えるところから始めると、きっと三日坊主の私はだめだろうなぁと思って手軽な携帯カメラに走りました。そして今まではそんなに気に留めなかった空と雲の色がとても気になるようになりました。これからもふらっとちょっくら出かけて色々なものをファインダーに納めてみようと思います。実はこの螺旋階段もそのうちのひとつです。

この螺旋階段のように人生はぐるぐると続いていて、ゴールが見えているようで実は遠かったり近かったり、距離感覚がわからないように思います。毎日平坦な道程であるように見えて、実は階段の一段一段、毎日毎日が違う足跡を残しているのでしょうね。
ただ、どんどんと明るい日差しが差し込んでくることに希望を持って前に進んでいく、そんな風にも思えたりします。

後ろを振り向かず、前を向いて歩いていこう。
今まで歩んできた一歩一歩もとても大切なもの。
だから心のファインダーに写しておこう。

今年一年どうもありがとうございました。
ブログのほうも、ご愛読下さって本当に感謝感謝です。
皆様のコメントで励まされたりしたことも多々ありました。
来年もどうぞお暇なときにちょっくら遊びに来てくださいね。
それでは来年もよろしくおねがいします。

ということで、みなさま、来年も良いお年を迎え下さい。
みなさまの来年が、健やかで実りある1年でありますように。
20051228213259.jpg

月曜日に会社で大量の汗をかくほどの力仕事をして、汗を完全にふき取ったと思っていたのに実は完璧ではなかったようで、その後寒い地域へ行くことになったので、帰路の電車の中ではブルブルで吐き気と頭痛に襲われ熱も感じて最悪でした。

帰宅してゆず茶を飲んで速攻で布団に入って眠ったのですが、翌朝起きると全く動けない状態に。
この年末のくそ忙しい時に、なんで風邪なんかひいてしまうんやと本当に腹立ちました。
結局布団から出れたもののヨチヨチ歩きしか出来なかったので会社をお休みするはめに。ほんまに情けないです。

今朝は普通に歩けたので出勤しましたが、昨日とは若干違う症状でこれまた最悪でした。目から火花が飛び散っているようなアツくて痛い感覚、酩酊状態、ひどい頭痛と熱。

幸い咳などはないので周囲の人々には迷惑をかけることはなかったですが、明日は仕事納め、そして大掃除。明日までにはナンとしても治さねば!!

仕事納めでなく、病納め。。。。

みなさんもご注意を~。
GRP_0000.jpg

笑顔が笑顔をよぶってこんな感じなのでしょうか。

クリスマスの朝に、古くからの連れに赤ちゃんが誕生しました。

とてもうれしいお知らせでした。

忙しいだろうに、携帯でメールで写真を送ってきてくれました。
知らせてくれてどうもありがとうね。

クリスマスがバースデー。
なんてドラマティックなんでしょう。

自分の血を分けたややこが誕生する瞬間ってどんな気持ちになるのでしょう。

パパとなった彼が、顔をくちゃくちゃにして喜んでいる笑顔が目に浮かんできます。
知らせを受けた私も顔がくちゃくちゃになりました。

ほんとにほんとにおめでとう!!

これからもがんばってね!!
20051226123853.jpg電器屋に所用があり、梅田に出かけたのですが、人、人、人・・・。
入り口を入るといきなりエスカレーターには人、人、そして人。

エントの雑貨屋も好きで、たま~に行くのですが、そこではこじゃれた装いの若者カップル達が闊歩闊歩かっぽかっぽ。

ちょうどライヴをやっていた頃に足を運んだのでそれを聴く人々でぎゅーぎゅー。

ただでさえたっぱが低いのに、梅田界隈の混雑具合は閉口でした。空気が吸えないよ~。
B型で気が短い(しかしこの1年でだいぶ丸くはなったと思うが)ので、混雑したところや行列が苦手です。

今年はクリスマスはしないことにしたので、ささやかな飾り付けやケーキやプレゼント、一切なしでした。私にしてみれば非常に珍しいことです。

あ、でも思い出しました。

兄の息子(もうすぐ4さい)に、トナカイの電飾で首がウーウー動くやつ、背丈が60センチくらいの、ありますでしょう、あれをクリスマスプレゼントに贈りました。

こんな交通状況の悪い中、しかも割れ物はまずいかなと思いましたが、岐阜にちゃんと届いたようです。
20051225015154.jpg
今日は西天満はIVYで行われたミカンジルさんのライヴに行ってきました。

以前、天満音楽祭に出演したのがご縁で、今日のライヴに、Smileもジョイントで如何ですかと有難いお話を頂いていたのですが、こちら側の調整がつかず、残念ながらお断りしました。
Voのすみさんには郡山のパン屋「アポロ」さんを教えて頂いたり奈良のお店を教えていただいたりしました。その節はどうもありがとうございました。

今日はミカンジルを含めた3バンドのジョイントライヴで、各々が違うカラーのサウンドだったのでとても楽しめました。お客さんはまんぱんでした。

さて、トリをおさめたのがミカンジルの皆さん。
クリスマスを意識して本来のアレンジをジャジーにアレンジし直されたとのことで、ベースの方はウッドベース、ギターの方はフルアコの初登板だとおっしゃっていましたが、元々の技量が素晴らしいからなのか、ずっとジャズをされていたのではないかという雰囲気を醸し出されていました。ただただ感動するばかりで、本当に勉強させて頂きました。

ミカンジルのみなさんの佇まいはとてもさりげないのに、底から湧き出る華やかさみたいなものがあって、「音楽って楽しいものなんだなぁ」と感じさせてくれるような素晴らしい演奏でした。

そうそう、すみさんの服装がとてもお洒落でした。茶色とスカイブルーを基調としたトップスとハンチングの絶妙なバランス。思わずうなってしまいました。

クリスマスの前々日に、素晴らしい音楽を堪能することが出来たという贅沢さに、“いやぁ、やっぱり音楽っていうのはすごいよなぁ”と上機嫌になって帰宅したのでした。

すみさんはじめ、ミカンジルの皆様、とても素敵なクリスマスイヴイヴナイトをどうもありがとうございました!!お疲れ様でした!!
20051225014415.jpgちょっとアツく語ってしまいそうで怖いですが、興味のない方はご勘弁を・・。

今の時代ではあまりみかけない、柄もデザインもとても可愛らしいというのか、斬新なレインコート(スプリングコート?)をヴィンテージショップで見かけることがあります。外国製が多いように思いますが、勿論日本製もあるのでしょうね。昔の人はレインコートにまでお洒落に気遣っていたのだなぁって。これを着てお出掛けしたら、雨でも気分はたちまち晴れやかに~って感じのものです。

私が幼い頃に母が着ていた桜色とグレーと若草色を基調としたややサイケなペイズリー柄のコートが出てきました。今よぉく見てみるととってもキュートで、レインコートだけでなく、春先のスプリングコートがわりにもいけそうです。

雑誌の「グラマラス」にも載っていましたが、いわゆるヴィンテージものには今の物にはないディテール、作り方、素材などがあり、本当に「粋」なのです。現在のデザイナー達の中にも、そんなヴィンテージのスタイルを模倣して新たな旋風を巻き起こしているのですね。言ってみれば、今年流行したヴィクトリアンスタイルもヴィンテージそのものですね。

自分が1960年代や70年代に20代や30代を迎えていたら、どんなに楽しかっただろうって思います。“女の子に生まれてよかった~”って思ったでしょうね。
コートやワンピース、アクセサリーやバッグなど、今ではありえない概念のデザインや素材、そして柄が普通に存在していて、どれもキュートなんですもの。

昔の生地って結構しっかりしていて作りもとても丈夫。レースだって、今では見かけない凝ったデザインのものが多いです。ですから、保存状態さえ良ければ、いつまでも着れるのです。

そういうことから、その頃娘時代を送っていた母が羨ましくて羨ましくて・・・。
母の結婚前の服は殆どがオーダーメイドだったようで、祖母に作ってもらった洋服は本当にいい味出しているんですよね。昔の洋画に出てきそうな世界です。お出掛け用の服が多いのですが、ツーピースでも、ジャケットのウエスト部の絞込み具合とか。とても知的で女性らしいカットなんです。そうそう、帽子もかわいいのです。今とは全く違うセンスのものですが、その頃の洋服には流石、ぴったりなんですね。

一度だけタイムスリップしてよいのなら、1960年代~70年代に今の自分を放り込んでみたいです。リアルタイムで自分が色々な服屋に行って選んでみたり、自分でオーダーメイド注文してみたり。

ということで、みなさん、お母様やおばあ様の昔の衣類やアクセ類、一度チェックされたらあっという掘り出し物が見つかるかも知れませんよ!!是非是非!!
Metallica.jpg3つ目は、以前、枝龍の日記「枝龍茶Time」にも登場したメタリカのTシャツです。

本当に懐かしい・・・。

アルバム4枚を発売した後、89年に行われたDAMAGED JUSTICE TOURのもののようです。

兄がちょうどデスメタル、スラッシュメタル、HM、HR、いわゆるヘヴィ系全般をよく聴いていたので(彼は他にも色々なジャンルのものをよく聴きこんでいたので、一体どのジャンルが一番興味があるのかは謎のままです)。
そして近くにいた私はその影響を受けたというわけです。

今になって彼らのドキュメンタリー映画が出来上がるとは、当時は予想も出来なかったなぁ・・・。
RSambora.jpgそして2つ目は、私の青春はこの人抜きには語れない、という程影響を与えたBon JoviのRサンボラのギターピックです。

画像は雑誌の切り抜きで、ペラペラの紙だったので持ち帰る途中で曲げてしまったようです。

これは確か高校時代に音楽雑誌の懸賞で見事ピックを当てて(もうどれだけ喜んだことか!!)、当時パイソンの財布にまるでお守りのように持ち歩いていたのですが、財布ごとスラれました・・・・。ということで、お宝自体は既に手元にはありません・・。

お金も多めに入っていたのですが、そのお金よりも、ピックだけはほんまに返して欲しいと、くっそぉ~!!!という思い出です。

ところで、Rサンボラって本当に楽しそうに演奏しますよね。音楽って楽しいものなんだよなと思わせてくれた人でもありました。

彼の影響でダブルネック欲しぃ欲しぃと思いましたが、所詮、ちびっこの私には”小さな子供がベース抱えている”ようなもんです。
20051225012958.jpg
タイトルほど大したことではないのですが、年越し前に、実家にある色々なものを整理・処分すっべと気合を入れて実家に戻りました( といっても今いる家から本当に近いんですが)。

その時に色々な懐かしいものが出てきました。

まずはエアロのSタイラーのサイン入り写真。

確か何かの懸賞で当てたのではないかと思います。
これを学習机の横手のコルクボードに貼って勉強していた・・・のかなぁ・・・。
20051225011951.jpgこちらはのりつぐのお母さんに貰ったお手製のポットモチーフのなべ敷きとニワトリ型ミトンです。

パッチワークが可愛さ倍増!!
なべ敷きのポットを見ていたら、思わずお茶の用意をしたくなります。
ニワトリはおなかの部分が開いておなべをつかむという感じで愛嬌たっぷりです。こんな形、初めて見ました。

あんまりかわいいので使うのがもったいないくらいです。
と書きながら、既に使っちゃっています。
テーブルの上にミトンを置くだけで、場が賑やかになります。

おばちゃんどうもありがとう!!凄く嬉しい!!
寒い日が続いているから風邪ひかないようにね~!!
20051225011034.jpgごまんが友人から誕生日祝いに頂いたという洋書をこないだ見せてもらいました。

とても綺麗だったのでパチリと撮らせてもらいました。
立体感があるので携帯デジカメではなかなか綺麗に撮れないのが悔しいです。

カバーからしてとても綺麗なのですが、つまりは日本版「飛び出す絵本」です。作者は超有名だそうですが、恥ずかしながら知りませんでした。

かなり精巧に出来ていて、こちらのアメリカの美しい名所編には、ぺーじをめくるとおなじみの名所があっと驚く感じで目に飛び込んできます。
続きを読む
20051217010015.jpg今日は従兄弟ののりつぐの結婚式でした。

寒い日が続く中、今日だけはおひさまものりつぐ達に味方してくれたようで、燦燦と太陽の光が降り注ぐ中、厳かに式が執り行われました。

のりつぐは私の母の弟の息子で、兄と妹はいるが、弟がいない私にとっては、まさに弟です。幼い頃から弟って、欲しかったんですよね。

幼い頃から仲良しで、大きくなった今でも勤務地がお互いに近いことから、たまにランチをしたり、”ねえちゃん、いついつ寄ってもええ?”とのりつぐから連絡が入ると、彼のリクエストにこたえてその日の晩御飯を作り、我が家で遅くまで色々な話をすることも多々あります。

ずっと前に、わたしがごまんのイメージのことについて日記に書いたことがありますが、ごまん同様、のりつぐは、幼い頃のイメージそのままなのです。
ごまんが「目がくりくりとした可愛い妹」なのに対して、のりつぐは「いつ見ても白い歯を見せてニコニコ笑っている弟」なのです。

私の目指すもの、それは「デキる人よりできた人」です。
若くして、のりつぐはもうその域にいます。自分の身内を誉めるのはどうかとも思いますが、本当にできたええ子なんですわ。今までに色々な苦労もしてきたんですが、それを微塵も伺わせないし、いつもくったくのない笑顔で周囲の人間を和ませる、そして他人への思いやりの気持ちはぴか一。年下でありながら、私が尊敬する人の一人でもあります。

控え室のドアを開けた時、成長した新郎の姿が目に飛び込んできました。驚きとともに、涙腺が緩みました。
こげ茶色の燕尾のスーツを身に纏い、人生最良の日を迎えた彼の表情は晴れやかで、新婦への笑顔も絶やさず、その姿は自信に溢れていました。
あぁ、大きくなったんだなぁ。あんなに小さかったのりつぐが、こんなに立派になって素敵な女性を伴侶として第二の人生を踏み出すのだなぁって。

披露宴は親族のみのとても和やかな雰囲気で、どれだけ新郎新婦が親族に可愛がられていたかということがよく判りました。

新婦の姉夫妻が作製した新郎新婦の各々の生い立ちを綴ったビデオには、今は亡き彼の父親の元気な頃の写真が組み込まれていて、天国からきっと今日の二人を祝福しているんだろうなと思うと、顔がくしゃくしゃになってしまいました。

最後に新郎からの挨拶の際、のりつぐは、
「彼女がこの世を去る時に、”あなたといて幸せだった”と言ってもらえうようになりたい」というような内容の話をしていました。

育った環境も境遇も全く違う二人の人間が、生涯添い遂げる。

”あなたといて幸せだった”

これ以上の言葉はないだろうと思いました。

どれだけこの日を心待ちにしていたのか、おばちゃんの笑顔と言葉からもよく伺えました。おばちゃん、本当に嬉しそうでした。おばちゃんを見ていて、私も更に嬉しさが増したのでした。

心の底から”幸せになってほしい”、何度祈ったかわかりません。
やはり、私にとっては弟だったのだと改めて知らされました。

”ねぇちゃんねぇちゃん!”と無邪気な笑顔で話しかけてくる幼い頃ののりつぐの表情が何度もフラッシュバックしました。

のりつぐ、二人でどうか幸せになってね。
まず最初に、常識を逸脱していることを理解した上での話だとご理解頂けると有り難いです。

師走になり、巷では来年の干支の葉書などが沢山売り出され、ネットでは干支にちなんだ犬特集が組まれていたりします。そう、年賀状の季節です。今年の私にとっては、とても辛い時期となりました。長い間子供のように育ててきた福が9月に亡くなった為、どうしても「あけましておめでとうございます」とは書けなかったのです。

喪に服すことを決めた私は、一般的に受け取り側の反応を、動物の喪中葉書を出した人や、動物の喪中葉書を受け取った人などのコメントをネットでチェックしました。
常識からすると、愛犬が亡くなったことで、喪中を出すことは道を外していると概ねの方が答えていました。受け取った側の人の中には「笑ってしまった」とか「ちょっとひいてしまった」とかいうコメントもありました。その気持ちは十分理解できます。

「犬(ペット)」の域を明らかに超えていたんですね、福は。ですから、私にとっては自分の子供を亡くしたので喪中葉書を出した、という感覚に近いのです。

福が色々な人に可愛がって貰たことや、毎年私が干支と福を絡めたイラストを手書きして年賀状を出していたことから、福を見たことがなくてもその存在は多くの方がご存知だったので、そういう方々に対し、今までの感謝の気持ちと、福の近況も伝えたかったというのが一つ目の理由。

二つ目は、ペットロスから立ち直ったとはいえ、元旦に大量の戌年の賀状が届くことを想像すると、それを直視する自信がないという脆い自分がいたからです。だから喪中を出してアナウンスしておかないと、来年の干支が干支なだけに、という自分に対する防御策です。

福が存命であれば、来年の戌年は福の写真の年賀状であったのに、残念ながら夢は叶いませんでした。福も残念だと思っていたかもしれないです。

本来喪中葉書は、シンプルなグレー調で、定型の文章以外(近況等も)は記載しないらしいですが、私はまっこうから常識を覆す、福のカラー写真を入れた、メッセージ入りの喪中葉書になりました。
ぱっと見、喪中葉書にはみえないですが、喪中葉書のいわゆる暗いイメージにはしたくなかったので、敢えてこういうことにしました。

私のけじめとして、14年間傍にいてくれた福の感謝の気持ちと、今までお世話になった方々への感謝の気持ちを込めて、このような異例の喪中葉書となったわけですが、受け取られた方は、どうか私の心情をお察しくださると救われます。

「喪中葉書って、準備する家族はきっと辛くなるだろうから、内容もかなりシンプルになっているのかも知れないなぁ。」と相方がぽつりと言いました。妙に納得できました。プリンターで印刷して、出来上がった葉書たちを見て、大きく息を吸って胸の奥の痛みを堪えました。

福の喪中葉書を受け取った方々からお返事や励ましのお言葉を頂きました。本当に本当にありがとうございました。

賛否両論あるとは思いますが、ペットを飼い、いつか自分の元からその存在が消えてしまった時、ご自分の素直な気持ちを冷静にみつめて、とても年賀状を送る心境ではない場合は私のようにお作りになることをお勧めします。何かに書かれていましたが(これは人間の話ですが)、要は自分の気持ちの問題、だそうです。一緒に住んでいても、険悪な関係で喪中を出す気にならないなら、特に喪中を出す必要はないし、離れて暮らしていても、心が通っていたなら喪中を出したらいい、そうです、この情報では。こちらも賛否両論であるとは思いますが。。。

ということで、ペットを飼っていらっしゃる方で、今後辛い別れがやって来た時に喪中葉書を作ってみようと思われる方にお役に立てばと、私が作成しました喪中葉書を下記に転載します。
続きを読む