● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

今日は七夕ですね。

皆さんはどんな願いを胸に秘めましたか?


さて、少し前の話です。


朝、起床したら、枕元から非常に懐かしいにおいがしました。

因みにそのにおいはかれこれ9年くらい嗅いだことがありません。

枕カバーの、私の頭のちょうど上らへんの位置。

間違いなくあのにおい。

しかしそのにおいが枕からするはずがないのです。

だって私のにおいではないのですから。

においのする正体は、9年くらい前に、空へ散歩にでかけてしまったのですから。



昔、愛犬の福を飼っていた頃、私は福と一緒に寝ていました。

福は幼い頃から、まだ体長20cmにも満たないつぶれ大福(赤ちゃん)の頃から私の枕の頭の上や顔の前にくるくるすとんと鎮座してそのまま寝てしまうことが多かったのです。

朝起きると全然違う場所に移動してたりするのですが、晩、就寝しようと、先に福をベッドにちょんと置いて(ベッドの真ん中らへん)、その後自分もベッドに体を滑り込ませるのですが、その滑り込んでいる間に、福は枕の上にちょんと座り込んでしまうのです。

どんなに急いでも、いつも福は枕の中央に。

そしてそれを私は頭でぎゅぎゅっとずらしてポジション確保を行い、眠りへといざなわれる、という日々でした。


毎日散歩をする際、地面の土と外の空気、そして福の肉球のにおいがまじった独特のにおいが肉球からしました。

犬を飼っている人はきっとご存知だと思いますが、肉球の間、何かしらにおいがあります。

お散歩した後のにおい、私の記憶にしっかり刷り込まれていて、未だにそのにおいは覚えています。

そのにおいが、お散歩した後の福の肉球のにおいが枕から漂ってきました。

勿論現在犬は飼っていませんので、え??と思いましたが、相方にその話をしたら、どうやらその晩、私は福が眠っている時にたまに起こった、「きっと夢で何かと闘っているのではないか的」なハイトーンの鳴き声に似た声を発していたらしく。


・・・・・?

ん??

福、お散歩の途中であそびに来てくれたの???


そして数日後、妹ごまんに会う機会があり、その話をすると、ちょうどその頃、ごまんの夢に福が出てきたというのです。

確実にお散歩の途中で寄り道しに来たのでは?

遊びに来てくれた?


私の枕はその日以降は、従来の柔軟剤の香りに戻りました。


非常に不思議な経験でした。


今日はチャーシューをお供えしてみました。


遊びに来たはにちち
(ただ今空の上でおさんぽ中の福。別名「はにちち(ハニー+吉)」)

テーマ:犬のいる生活 - ジャンル:ペット
福と辞書とぬいぐるみ.JPG


先月の中旬に、愛犬福が亡くなってから6回目の誕生日がやってきた。


私は毎年同じことを繰り返す。

花屋に出かけて可愛らしい感じのお花を揃え、スーパーに行き、ステーキ肉に梨、みかん、りんご、バナナなどの色々な果物、そして大根、栗、チーズケーキ。

お骨を出して、亡くなった時刻がやってくると合掌し、その後、誕生日のお祝いとしてお供えを食べ始める。

福の命日と誕生日は、決まっておさがりのステーキになる。

毎年買っていた、福が大好きだったりくろーおじさんのチーズケーキを、今年は時間の関係で手に入れることが出来なかった。

幸い近くの百貨店に美味しそうなチーズケーキがあり、それを手に入れた。



命日であり、命日の翌年から、彼の空の上での誕生日となった日。

もう6年もの年月が経過しているけれど、今尚彼から教わる、考えさせられることは多い。

言葉を交わすことは出来なかったけれど、その眼差しと行動や泣き声が、表面化されたものの奥に伝わるふんわりとした空気を持っていた。

それだけ深く残像感を与えている。



今年のその日の前日。

私はすてっきの介護で実家に戻っていた。

実家の近くでは多くのわんちゃんがお散歩を楽しむ。

ふと、遠くから白い塊が、人間に連れられて歩いてくる。

わんちゃんのお散歩。

おしりをプリプリと振って歩く犬。

シーズーの独特の歩き方だ。

遠くからこちらにトコトコと歩いてくる姿を眼で追う。

近くまでやってきた時に、まるで福の生き写しのようなその子にしばし心を奪われた。

本当に、本当によく似ていた。

そんなことあるはずもないけれど、私の横を通り過ぎる瞬間も、私のことを眺め、お互いがお互いの姿を眼で追っていた。

その瞬間だけ私が飼っていた「福」が宿った気がした。

私の横を飼い主と共に通り過ぎていったその子を、振り向いて眼で追うこともなく、しっかりとその瞬間を心に焼き付けた。



今は雲の上でお散歩している。

ちょっと様子を見に来たのかな。

私は相変わらずの歩幅で暮らしている。



会いに来てくれてありがとう。

そして6さいのお誕生日おめでとう。



今でも私は変わらずおまえに夢中や。

愛してるよ。

このお熱は一生なおらんやろうなぁ。



さっきおまえのとぼけた顔の写真を見つけて、思い出して大笑いしていたらいつの間にか目の前が曇って見えへんようになったよ。

あかんなぁ、しっかりするよ。

おまえはほんまにいまだにおきゅうさん(キュートなひと)やなぁ。
fukunennne.JPG
(私が寝床を準備していると、福はいつも私より先に枕やクッションの中央に寝てしまう。だから私は福の身体に頭をひっつけて眠っていた。)


今年はそういう年なのだと思った。

年々、少しづつその状況を自分の心と身体で咀嚼して、その日を迎える時は、目に水溜りが出来ることもなくなってきた。
ここ数年は少なくともそうだった。


ちょうど喪に服す日がお座敷の日になることを知った。

特に動揺することもなく、あぁ、この世で私が元気に暮らしている、大好きな歌を歌っている姿を空に向かって、福に観てもらえるとてもいい機会だと思った。


数日前の平日、仕事帰りに実家に寄った。
すてっきの介護食のストックを作り置きするため。

私が実家を訪れる際、いつもやることが1つあって、それは妹のごまんの部屋に、私が絵と少しのコメントを書いた紙を置いていくこと。


ある時、ごまんがそれをノートにきっちり貼り付けていた。

それから、そのノートに直接書くようになった。


その週末、福が亡くなって5回目の命日が訪れることもあり、かなり久しぶりに福のイラストを描いた。


昔はしょっちゅう描いた。

鰐(私)の絵の横には必ず福がちょこんといた。


年賀状にも干支と一緒に描いた。



もしゃもしゃの毛むくじゃら。





久しぶりに描いた。



福が。


福が亡くなったのだなぁと思い、福の絵の頭上に、ふとまんまるのわっかを描いた。

「もうすぐ5歳になるねんで、ごまん元気にしてるか?」と記した。




わっかを、 わっかを描いた瞬間、ボロボロと涙が出てきた。

止まらなくなってしまった。



ごまんの部屋で嗚咽していた。



もう空に旅立ってから、福は5歳になるんだな。


「わっか」が、この世にいない証だということを非常に心の深くに刻まれた。



年々大丈夫になってきていたはずなのに、その「わっか」を描き足しただけで、妙に現実に戻された気がした。



今年はそんな年なのかも知れない。


福を失った数日後に、福が赤ちゃんの時にぽろっと落としていた乳歯を入れるためのロケットが欲しくて(福がそばにいないとおかしくなりそうだったので)、探して手に入れた銀製のロケットリングとロケットペンダント

気持ちが落ち着くまでずっと身に着けていた。

そのうち、家にそっと飾るようになった。

今年は久しぶりに連れて行こうと思った。


毎年、この日はお花と、福が好きだった食べ物を御供えして1日過ごしていたが、今年は自宅でお祈りをした後、一緒に外に出ることにした。


9月19日は色々な会場で色々な方との新しい出会いや再会があり、とても多くのことを得た。


20100919fukurocket.JPG


歌う私の胸元と指には福がいる。

一緒に楽しんでくれただろうか。



「亡くなった人に心配をかけない生き方をする」。


私は守れただろうか。


福は、どういうふうに思っただろうか。



やっぱり私は一生、福に夢中なんだろうなぁ。


私の身体が朽ちてなくなってしまっても、その気持ちは存在するのだろうなぁ。

「虹の橋」で会えるのかなぁ。


かわいこちゃん、そちらはもう寒いかな?

お母さんが編んでくれた毛糸の服、ちゃんと着るんやで。



こちらはそろそろ寒くなってきたよ。

お前がいた頃は、寝転ぶと毛むくじゃらで頭や顔があったかくなったのにね。


あのふわふわのあたたかさは最高やった。


やっぱり愛しているよ。

いまだに福にお熱やわ。
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福とわかれて4ねんめ

ブログの左バーにも書いているように、私は福という犬を14年の間、育てていました。

彼は2005年の9月19日に私の腕の中で、ごまんと相方にも看取られながら空へ旅立ちました。

昔の日記を振り返って読むと、私の心模様がとても詳細に綴られていて、どれだけの存在だったかということが今でもよく理解できます。

福が天に召されてから数年、やはり辛いなぁと感じていましたが、今年は命日の少し前に、恐らく数年前に書いたのではないかと思うのですが、とある言葉が書きなぐられたメモ書きが、偶然にも4年目の命日を迎える私の目の前に現れました。



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数年前までは、頭では理解していても、100%は無理だと思っていた言葉だったでしょう。

それが今年はその言葉がすっと胸に入りました。
自分の心で咀嚼することができました。

私にとっても節目の年である今年は、色々な意味で自分にとっての転機を迎えたと肌で感じます。
たくさんのとげも抜けて、非常にシンプルな、前向きな心も芽生え始めました。

他人様からすれば、それは本当に些細なことではありますが、福に、ちょっと褒めてもらいたいと思ったくらいです。

毎年涙で前が見えないくらい泣いていたのが(年々ましにはなっていますが)、今年は殆ど泣きませんでした。

どちらかといえば笑顔で福の冥福を祈ることが出来ました。


成長しました。


そして、「ままん、ちょっとだけええ子になったと思うで。」と言えるようになりました。

これからはもっと心配をかけない、あぁ元気で暮らしているんだなぁと思ってもらえるように1日1日を大切に過ごしたいと思います。



福、いつまでもいつまでも愛しているよ。

心配せんでええ、言うまでもないが、ままんは福に夢中や。

だからお互いにこれからを楽しもう。
福鰐

早いもので、金曜日は愛犬の福が亡くなって3度目の秋、ということで4回忌の日でした。

現在は大阪を離れ、動物飼育禁止の集合住宅に居を構えているため、昔のように犬に遭遇する頻度は極端に減りました。
通勤時も街なかしか通らない為に、普段は殆ど動物たちにお目にかかることはありません。

考えてみれば、今まで当たり前であった犬や猫が佇む風景の中に、現在の自分は存在していないのだなぁと。

犬や猫の不思議な力が時として凄く癒してくれたり、励ましてくれたり、私にとってはプラスの力を与えてくれましたが、現在は全く彼らとは無関係の暮らしをしている自分に驚きます。

犬のまっすぐひたむきな瞳や、チョンと触るといやがるお鼻、白い毛がハイソックスだったり足袋だったりに見えるあんよ、ふかふかの肉球、ぽんぽんのおなか。
どの子を見ても可愛らしいと思います。

飼い主馬鹿ですが、そんな可愛さを福も持っていました。

最近は、ホームセンター等に併設されているペットショップを覗いても鼻が赤くなることはほぼなくなりました。
でも同じ犬種の赤ちゃんを見ると、やっぱり福を貰ってきた頃の毛がふわふわのつぶれ大福具合を思い出します。

命を育て上げるということは、反面、自分もその命に育てられているのだなぁとつくづく思います。
福を育て上げた私は、逆に、福が私のとがった棘のような面を知らない間に取り去って、少しだけ丸い人間に育て上げてくれていました。
ありがたいことです。

向日葵鰐

こたつむしさんが、福の命日を覚えていてくれて、可愛らしい向日葵の花束をお供えにくれました。
”福ちゃん、明るい色がいいって仰っていたので”ということで、明るいお日様色の向日葵を選んでくれたようです。
凄く嬉しかったです。ほんとうにありがとう。
福もさぞかし喜んでいることでしょう。
そのこたつむしさんの愛犬ゆうちゃんの命日は、福とちょうど1週間違い。
9月はお互いにおセンチになる月です。

こたつむしさんに頂いた向日葵を飾り、あとは福が大好きだったりくろーおじさんのチーズケーキに梨、肉、トマト、大根、りんご、そしてぶどうやおさつ等々をお供えして、亡くなった時間にごまんと二人で線香をあげて福の今後について幸せでありますようにとお祈りしました。

3年経過したということで、自分的にはずいぶん福がぽっかりといなくなったことについて慣れてきたつもりでしたが、福のことを書いた昔のブログの記事などを読み直すと、やはり平常心ではいられないようです。

福がまだ若かった頃の写真などを見直して、色々なエピソードやしぐさを思い出したり、毛の感触や瞳を思い出したり。

未だに福に出逢えたことを、私のところに来てくれたことについて感謝の気持ちでいっぱいです。

心からありがとう。

福に出逢えてよかった
20070925233756.jpg

亡くなって満2年以降はマイナス1年で回忌を数えるということで、今年の9月19日は福の3回忌、そして2さいのたんじょうびでした。

毎朝起きぬけに、お水とお香をあげ始めてまる2年。
2年もこの行為を行っていたという実感が全くないのですが、365日の倍の730日間、勿論不在の日もありましたが、毎朝福と言葉を交わし、私の日々の暮らしぶりを伝えていました。

命日の9月19日は昨年もそうしたように、福が生前好きだったものを揃えました。
りくろーおじさんのチーズケーキ、梨、みかん、大根、栗、肉、お菓子など。
そして18日に、こたつむしさんから頂いたかわいいお花。
ふとした優しさに、涙腺が緩みました、ずるいですよね、こたつむしさん。
さぞかし福も喜んでいることでしょう。

そして福の乳歯が入った指輪とネックレスも綺麗に磨きました。

亡くなった時間がやってきて、暫く合掌。
まる2年が過ぎたなんて。
本当に早いものだと感じました。
今年も少しづつ、遺品を処分しました。

こうして文字にすると、未だにひきずっているように思われるかも知れないですが、実際は1年前とは全く異なる感覚になっている自分がいて、「ひにちぐすり」とはよく言ったもので、記憶の中から薄れていくというのとはまた異なりますが、心の中のいくつもの扉のうちのひとつの扉の奥にしっかりとしまわれた感じとでもいいましょうか。
その扉を開けると、色々な想い出を連れていつでも福は私のもとにやってくる感じです。
2年たった今、ようやく一心同体、私の血となり肉となったように思います。

人として原点に戻らないといけないような時、ふと福の私への接し方を思い起こすと、非常に冷静に、そして穏やかな気持ちになれます。

うまく言えませんが、未だ精神力の面では、福には頭が下がります。

心の中のいくつもの扉のうちのひとつの奥に福はいます。

さて、今年またぼちぼちと、一歩一歩歩んでいこうとおもいます。

20070925233746.jpg

20060921215000.jpg1年。本当に早いものだと実感しました。

ちょうど1年前の今日、14年間連れ添った福が原発性のがんで亡くなりました。
充分長生きしたけれど、突然別れがやってきて私はなすすべがありませんでした。

1年前に、私の腕に抱かれた福の力が徐々になくなり、静かに息を引き取った感覚、そして最期にはかなげに私を見たまなざしは今でも鮮明に覚えています。

ここ1週間くらい、気持ちが不安定で、仕事をしていても、やはり思い出すのは福のこと。
それまでは、私は自分の生活の中にしっかり取り込んで共存しているような気持ちでいたのに、一周忌という現実に直面する日が近くなるにつれ、どうしても思い出してしまっていました。

前の晩に、好きだったりくろーのチーズケーキと、沢山のお花を買いに行きました。
昨年もトルコキキョウにしたことを思い出しました。
それから、クローゼットにしまっていた、まだ処分していなかった福の物を取り出しました。
散髪用の鋏やかみそり、移動用キャリー、お手製のおむつにハーネス、日よけ帽に数々のTシャツ、そして4つ足用の靴下。
ごまんが臨時用に作ってくれたビニール製のレインコートも出てきました。
辛いですね。崩れ落ちるようにしゃがみこんでしまいました。
そして、ちょうど1年前、徹夜で看病をした時のように、同じようにリビングにマットを敷いて寝ました。

今朝は福の好きなものを買いに行きました。
梨にりんご、みかんに栗、そしてトマトに白菜、そしてお肉。
スーパーで福の好きだったものを思い出しながら買うという行為は、私には辛すぎたようです。
福の好きだった食べ物ひとつひとつ手に取ると、生前どんな表情で食べていたかを思い出してしまうからです。

家に帰って、福の亡くなった時刻まで準備を整えました。
とうとうその時間がやってきて、5分くらい黙祷しました。
5分間、走馬灯のように14年間の想い出が駆け巡りました。
まだ片手でひょいと掴めるよちよち歩きの頃から、亡くなる直前の三國連太郎さんに似ている姿まで。
目を開けると、目の前には福の面影がいっぱい。
現実が目の前に。ただ嗚咽するばかりでした。

「泣きたい時は思い切り泣けばいい」と相方に言われ、そうすることにしました。

今日は福の新しい1歳の誕生日。
空の上でまわりのお友達にお祝いしてもらってね。
こっちにいるときはままんと同じで人見知りが激しかったけれど、大丈夫かなぁ?

365日たった今、自分が明らかに変わった気がします。
明らかに福の性格だと思える部分が、気がつけば自分に宿っているのです。
とがった私の性格を丸く包み込んでくれています。
色々な意味で影響を与えてくれた存在、これからもそれは変わらないのでしょうね。

さぁ、明日からは笑顔でね。
PA0_0014.jpg9月も2週目が過ぎようとしています。
早いもので、1年の2/3が過ぎてしまいました。

朝夕はずいぶんと涼しくはなりましたね。
とはいえ、今日などは湿気がむんむんで、私のような直毛でない者は、この湿気で1日がブルーになってしまいます。

早く乾いた空気の秋が来て欲しいです。

秋色の髪に秋色の服、そして秋色のブーツをはいて、自転車にまたがりふらーっと街を駆けて、飽きるくらい写真を撮りたいなぁ。

私が構えるファインダー越しに映る風景を、福にもみせてやりたい。

去年まで福と遊んでいた時間が、今は写真を撮る時間に変わりました。

早いもので、もうすぐ1年。

あっという間の1年。

短かったようで長かったような1年。

この1年はとても感慨深いものでした。

それは亡くなった後もお前が色々と私に教えてくれたから。

ほんとに感謝しています。

亡くなってもほんまにええ子やね、福。ありがとうやで。
drivin.jpg
もし福が生きていたなら、今日で彼は15歳の誕生日を迎えることになる。

9ヶ月。あっという間に過ぎてしまった。
私自身も随分と気持ちの整理もつき、福を忘れるというよりも、福が私の身体に宿って毎日私と共に色々なものを五感で感じ取っているように思う。
いい意味で浸透・吸収できてきたと思う。
いわゆるペットロスからは卒業できたのかもしれない。

生前は、お誕生日にはどこかに連れて行ってお祝いをしたりしたので、きっと今頃は自分でこうやって私のおシャカになった桃次郎(購入後8ヶ月目を迎えた時にごまんが廃車にした新車)の運転席にちょこんと座って、雲の中をドライヴしているのだろう。

福が生きている時は、私が感じることを福にも感じて欲しいと思い、福もそう思っていたようで、車がよい例。
私が運転席に座ると、助手席にいる福が運転席までのたのた渡ってきて私の膝に座りだす。

昔、大阪京都の家を往復する二重生活していた頃、地道がとても混むのでのろのろ運転。
低速で走る時などは、福をこの画像のように、私の前にちょこんと座らせて、二人羽織ならぬドライバーをやったりした。

昔のライヴ音源を聴きながらブログを書いていたら、ちょうど"Isn't she lovely:可愛いアイーシャ"が流れてきた。

「Isn't she lovely:可愛いアイーシャ」ならぬ「Isn't he lovely:可愛い福」。

せっかくのお誕生日だから、桃次郎に乗ってご機嫌な曲でもかけて雲の中をドライヴしておいで。
20060319151020.jpg
福が亡くなって今日で半年になります。早いものです。

今日は「いのちのせんたくツアー」に出かける筈でしたが、あいにくの雨・雪模様で断念しました。

起床と共に、福が使っていた物の整理にとりかかりました。
どうしても残しておきたい物以外は、こういう機会にほんの少しづつ整理しています。
今日は犬用の消臭スプレーとサプリメント。

そしていつものように、カリカリの餌と水とお線香を用意し、久しぶりに骨壷を開けて、骨と化した福に語りかけました。お供え用にりくろーおじさんのチーズケーキとステーキ肉も買いました。

この半年を振り返って、自分に大きな変化が起きたことを最近改めて感じています。

福を亡くして数え切れないくらい流した涙の数だけ、私を優しくさせてくれたように想います。
ほんの小さな、とても些細なことに幸せを感じるようになり、色々な人やモノとの出逢いを大切にするようになり、今まで以上に"愛情を注ぐ”という意味の深さを知るようになりました。

あんなに小さな命が。凄いよ福。

ブログのプロフィールにも書いているように、福は私の心の中で散歩しているのでしょう。
散歩しながら、私のいけないところを諭してくれているような気がします。
福の愛に包まれていることを感じることが出来る私は本当に幸せ者です。

自分の手元を見るたびに、ロケットリングに姿を変えた福がいつも私を見つめてくれているように思います。ちょっと心配そうな甘えたのやさしい表情を浮かべて。
20060306212926.jpg
涙というものは突然あふれ出てくるものなのです、私の場合。

久しぶりにパークスに行き、ぶらぶらとショッピングを楽しんでいました。
パークスに行くと、昔は必ず寄るお店がありました。
それはペットショップ。
とても美味しそうなデリがテイクアウトできるので、よく福にお土産を買っていました。

福にお供えしようかなと思って、エスカレーターに乗ってお店のある階に到着。
とたんに涙が止まらなくなりました。

凄い速さで走馬灯のように福の面影が私の脳裏をかすめたのでした。

そういえば、福の14歳の誕生日の時もここの小さなケーキを買ったなぁ。

早いもので、福が旅立ってもうすぐ半年になります。

福との想い出はまだまだ色あせません。
今でも福に夢中なんですね、私。
福ハ内今日は節分の日。

昨年までは愛犬の福がいたので、その名の通り「福は内」、鬼は家族の役目でした。

やはり何かの節目に一緒に同じ時間を過ごしたことを思い出すのですね。

巻きは本来は縁を切るといって分けてはいけないらしいですが、反則して、福に少しだけ切り分けておすそ分けしました。

いつもは我ら人間が巻きを黙って食べているのを福はじーっと見ているだけでしたが、今なら巻きをあげてもよいかなと。

「今年は南南東やからこっちね!」と言い聞かせて、もくもくとまきを食べました。

「福ハ内」。

節分になるまでの数日間、とある和菓子やさんの店先にこの看板が出ていたので毎日眺めていました。

そうだなぁ・・・福は私の内(中)にいるなぁって。

これから、節分を迎えるたびに、福が私の心の中にいるということを認識できるんだなぁと。

幸せになりますように、いいことがこの子に訪れますようにとつけた「福」という名前が、こういう形で私に毎年逢いに来る。

切なくもあり、嬉しくもあり。でも嬉しさのほうがちょっと勝つかなぁ。
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ちょっと前、昔お世話になっていた動物病院が近隣にあるショッピングセンターのペットショップの前を久しぶりに通った時、横にいたごまんが「あんた、また犬飼うの?」と、ふいに尋ねてきました。

私は福を飼う前から、それは幼い頃から犬が大好きでした。

3歳くらいの頃に幼馴染の飼い犬にほっぺを噛まれて顔を縫ったり(母親は女の子の顔に傷がついたと三日泣いたと言ってました)、手を噛まれた傷跡は未だ残っていますが、不思議とそれがトラウマとしては残りませんでした。

理由は簡単。
恐らく普通なら大きなトラウマになるはずの要因も、祖母の家に沢山の犬がいて、彼らは、私の幼児期も、学童期も、そして大人になっても私の良き友達であったことが非常に大きく影響していると思います。色々な犬種の彼らから、私は沢山のことを学びました。

そしてますます犬が好きになっていったのでした。

そして14年前に赤ちゃんの福に出会い、共に暮らすことになりましたが、当初は「人間あるいは飼い主」と「犬」という間柄であったと思います。

しかしそれがいつのまにか「犬」を超えていたんですね。
福が私の何かを変えていったのでしょう。
そして、失ってそれがどういうことなのか、ごまんにそういう質問を受けて、時間が経過した今、理解出来ました。

私のこの感情にきっと似ているだろうと思ったのが、夫婦で連れ添っていた連れ合いに先立たれた時、その後一生独り身を通す場合と、新たな連れ合いを見つけて新生活をスタートさせる場合に分かれると思いますが、私の場合は前者の人々と同じ気持ちなのかもと思いました。

連れ合いへの忠誠を貫くというか、一途な愛を貫く・・というかんじでしょうか。

確かに新しく子犬を育てることは出来ると思いますが、私は気持ちの切り替えが出来ない気がして、きっと福と比べてしまって、子犬にもかわいそうなことをしてしまう気がして。

唯一無二の存在であったのですね。
だから、誰にも代わりは出来ないのです。

だから、私の答えは「もう犬は飼わない。」でした。
決して後ろ向きではなく、前向きな、気持ちです。
まず最初に、常識を逸脱していることを理解した上での話だとご理解頂けると有り難いです。

師走になり、巷では来年の干支の葉書などが沢山売り出され、ネットでは干支にちなんだ犬特集が組まれていたりします。そう、年賀状の季節です。今年の私にとっては、とても辛い時期となりました。長い間子供のように育ててきた福が9月に亡くなった為、どうしても「あけましておめでとうございます」とは書けなかったのです。

喪に服すことを決めた私は、一般的に受け取り側の反応を、動物の喪中葉書を出した人や、動物の喪中葉書を受け取った人などのコメントをネットでチェックしました。
常識からすると、愛犬が亡くなったことで、喪中を出すことは道を外していると概ねの方が答えていました。受け取った側の人の中には「笑ってしまった」とか「ちょっとひいてしまった」とかいうコメントもありました。その気持ちは十分理解できます。

「犬(ペット)」の域を明らかに超えていたんですね、福は。ですから、私にとっては自分の子供を亡くしたので喪中葉書を出した、という感覚に近いのです。

福が色々な人に可愛がって貰たことや、毎年私が干支と福を絡めたイラストを手書きして年賀状を出していたことから、福を見たことがなくてもその存在は多くの方がご存知だったので、そういう方々に対し、今までの感謝の気持ちと、福の近況も伝えたかったというのが一つ目の理由。

二つ目は、ペットロスから立ち直ったとはいえ、元旦に大量の戌年の賀状が届くことを想像すると、それを直視する自信がないという脆い自分がいたからです。だから喪中を出してアナウンスしておかないと、来年の干支が干支なだけに、という自分に対する防御策です。

福が存命であれば、来年の戌年は福の写真の年賀状であったのに、残念ながら夢は叶いませんでした。福も残念だと思っていたかもしれないです。

本来喪中葉書は、シンプルなグレー調で、定型の文章以外(近況等も)は記載しないらしいですが、私はまっこうから常識を覆す、福のカラー写真を入れた、メッセージ入りの喪中葉書になりました。
ぱっと見、喪中葉書にはみえないですが、喪中葉書のいわゆる暗いイメージにはしたくなかったので、敢えてこういうことにしました。

私のけじめとして、14年間傍にいてくれた福の感謝の気持ちと、今までお世話になった方々への感謝の気持ちを込めて、このような異例の喪中葉書となったわけですが、受け取られた方は、どうか私の心情をお察しくださると救われます。

「喪中葉書って、準備する家族はきっと辛くなるだろうから、内容もかなりシンプルになっているのかも知れないなぁ。」と相方がぽつりと言いました。妙に納得できました。プリンターで印刷して、出来上がった葉書たちを見て、大きく息を吸って胸の奥の痛みを堪えました。

福の喪中葉書を受け取った方々からお返事や励ましのお言葉を頂きました。本当に本当にありがとうございました。

賛否両論あるとは思いますが、ペットを飼い、いつか自分の元からその存在が消えてしまった時、ご自分の素直な気持ちを冷静にみつめて、とても年賀状を送る心境ではない場合は私のようにお作りになることをお勧めします。何かに書かれていましたが(これは人間の話ですが)、要は自分の気持ちの問題、だそうです。一緒に住んでいても、険悪な関係で喪中を出す気にならないなら、特に喪中を出す必要はないし、離れて暮らしていても、心が通っていたなら喪中を出したらいい、そうです、この情報では。こちらも賛否両論であるとは思いますが。。。

ということで、ペットを飼っていらっしゃる方で、今後辛い別れがやって来た時に喪中葉書を作ってみようと思われる方にお役に立てばと、私が作成しました喪中葉書を下記に転載します。
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20051020222405.jpg
福が天国に行ってから1ヶ月が経ちました。
早いものですね。

1ヶ月の間、立ち直ったよと周囲には言ってましたが、実はよく泣いていました。
晩に泣くので、翌日は目が腫れたまま出勤のパターンが多かったですね。

前にMegさんが「色々な節目で思い出して・・くるよ~」と話してくれましたが、そのとおりですね。
家の近くに、櫻の頃には見事な桜並木が見れる場所があって、今年の春に福を連れて見に行きましたが、その時に「来年も一緒に観に来ようね」と約束したことを思い出しました。

1日1日、少しずつ強くなって、福の分も頑張ろうと誓ったばかりなのに。ぼちぼちがんばります。

ということで、今日は花束とステーキを買って帰りました。

今日買った花束の中に「ガシュマロ」という種類の植物が入っていたのですが・・・・。

何が言いたいのかというと・・・・

♪ジャジャマル!ピッコロ!ポ~ロリ~!(にこにこぷん)を思い出したのでした。

♪ガシュマロ!ピッコロ!ポ~ロリ~!

・・ほらね!! え、微妙って??
DCP_1323.jpg早いもので、もう10月ですね。

福がお空に消えて2週間がたちました。早いものです。

気持ちの整理も徐々につき、今までどおりの生活に戻ろうとしていますが、会社帰りの夕焼け頃や、晩に月夜なんかを眺めると、ふと生前の元気だった頃の福を思い出してぽろっときてしまいます。

時間が解決してくれるのでしょうか、解決して欲しくなくもあり、して欲しくもあり、複雑です。

さて、今日は、福が昔誕生日の時にお祝いがてら訪れた二色浜に、ごまんのバイクにまたがり、再び行ってきました。
かんかん照りで、あまりの暑さに死にそうでした。

福を連れて来た時は夕暮れ時でしたが、それでも暑くて福には悪いことをしちゃったなぁと思ったのを思い出しました。

きれいな空の下にどこまでも続く、きらきらと光る海。

海に向かって、福に話しかけてみました。

「楽しく過ごしている? まんまはたくさん食べている?」

「昔ここに一緒に来たのを覚えている?」

「ままんはね・・・・・」

私の近況報告もしてきました。
DOOR2.jpgとても不思議なことが起こりました。

我が家の風呂は外の通路に面しているので、通路の音がまる聞こえ。
入浴中、犬の声がとても近くで聞こえる気がしました。
耳を澄まして聴いてみると、恐らく我が家のドアの前で。
なんでだろうなぁ、お隣さんかな(お隣さんは犬を多頭飼いされています)と思っていたのですが、どうやらそんな感じでもない。
遠くのほうから女性声がしてきました。
“○○ちゃ~ん、△△ちゃ~ん!!”
あれ、外でほえている犬の数は・・・二匹だ。ということはあの女性がこの子達を探しているのだなぁ・・・
しかしどうしてすぐ見つけられないんだろう・・・・・おかしい。
暫くすると、我が家のドアを爪でカリカリする音が(こらこら・・・・あかんて)。
長い間、恐らく飼い主らしい人の犬達を探す声と、探されている犬達が、ドアをカリカリする音が浴室に響いてました。
こらあかん・・・・。
ということで風呂を出てドア口の外が見える穴で外の様子伺いをば。
そしたら、上のほうの階から女性がやってきて、
“もう、○○ちゃん、△△ちゃん、こんなところにいたの!!”
一件落着。女性は無事飼い犬達を見つけたのでした。

しかし疑問が一つ浮上。
かなり上の階であったらしき犬達がどうして階下の我が家のまん前にきて、吠えて、そしてドアをカリカリしたのでしょう・・・・。

ひょっとしたら、私が仕事で出かけている間、福はドア越しに彼らに遊んでもらっていたのでしょうか。

それとも、福が亡くなったことを動物の感で読み取り、墓前にお参りしてくれるつもりで我が家を訪ねたのでしょうか・・・・・。

謎だ。
20051002220304.jpg早いもので、今日は福の初七日。

福が好きだったステーキやみかん、梨、りんご、大根、白菜、甘栗などを中心に、食材を買い集めて、料理してお供えした。

福がこの家から旅立って5日目。
今は楽しく過ごしているだろうか。
辛かったり痛かったりしたところはましになっているだろうか。
私に似て人見知り(犬見知り)だったから、まわりのわんちゃんや色々な動物たちと仲良く溶け込んでいるだろうか。いつものように、一匹でちょこんとしているだろうか。

私を覚えていてくれてるだろうか。

福は残された家族に色々なメッセージを残していった。

飼い主に忠誠を尽くし、わき目もふらず愛し続けたこと。
言葉はなくとも周囲に表情豊かにきちんと自分の意思表示をしていたこと。
相手の気持ちを痛いくらいに察し、周囲への配慮を忘れなかったこと。
1日1日、いらない日などなく、毎日がとても大切だということ。

私は福が残したメッセージを胸に、これから頑張って生きていこう。
笑顔を絶やさず、1日1日、きちんと大切に意味のある日として過ごしていけたらと思う。

もう犬は飼えないだろうなぁ。
福の存在があまりにも大きすぎて。
あまりにも深く愛しすぎて。

いつか、私がこの先出逢う人が福の生まれ変わりだったら、私はすぐに気づくだろうか。
向こうから声をかけてくれるだろうか。

とにかく、私は前を向いて歩いてゆこう。
DCP_0630.jpg起床したら、お線香をたいて、ハーブティとドッグフード、そしてお花を添えた。

福の骨壷の箱をなでたり、ぽんぽんと叩いて、挨拶や色々なお話をするようになった。
かなり気分的に落ち着いてきた、というか、事実を受け入れられるようになってきた。

今年の初旬くらいから、福の右顎下に、大きな腫瘍が出来ていた。
恐らく良性だといわれていたが、福にとっては大きなこぶ。
高齢で手術をするにはリスクが伴うので、何とかしてやりたいと、ネットで色々と調べた。

その時に「虹の橋」という作者不詳の詩を見つけた。
http://www5.ocn.ne.jp/~select/Rainbow.html
犬の十戒
http://www5.ocn.ne.jp/~select/Ten-Commandments.html
犬の聖歌
http://www5.ocn.ne.jp/~select/sacred_song.html

福が亡くなる直前に、私は福に、「私が逝ったらまたままんを見つけてままんのわんちゃんになってね。」とお願いした。
この虹の橋のたもとで、福が待っていてくれていて、私を見つけたら、子犬だった頃のようにぴょんぴょんと飛び跳ねて私の胸に飛び込んできてくれたら嬉しいと思った。

犬の十戒の最後にある節が、私には一番こたえた。

今日はお彼岸。
数年前に亡くなった、大好きだった祖母の墓前に、福の訃報を報告しに行こう。
福は祖母のところにいたルルというおかあさんシーズーから生まれた5匹兄弟のうちの唯一のおとこのこだった。
おばあちゃん、福と遊んであげてね。
DSCN0898.jpg自分で自信がなかった。今日平常心で仕事に向かうことが出来るか。
出社した。
机には、福の写真の入ったカレンダーと、昔淡路島に福のお誕生日旅行に行った時の福の写真、そしてデスクトップの壁紙一面に、大きな福の上目遣いの写真。
自宅で福の写真立てを見て、大丈夫だと昨晩思ったが、ふいに福の写真を見るとだめだった。自動的に涙がでてきた。
そのうち、京香ちゃんがやってきた。
京香ちゃんも数年前に可愛がっていた犬を亡くし、私を心配して休み中に何度もメールをくれていた。
1日、そばで心配してくれていた。
京香ちゃんと色々な話をして、少し落ち着いた。
2日も仕事を休んでしまったので、仕事は山積みであった。ある意味、よかった。
私は、福をいつも身近に感じて、これから1日1日を大切に生きるためにあるものを探し始めた。
ロケット。ただのロケットでは厚みがなく、写真しか入らない。
私が入れたかったのは変わったもの。でもちゃんと福の一部であったもの。
それは乳歯。
福を育て始めた頃、部屋の掃除をしていたら、小さな白い塊がポロポロと落ちている。
・・・・????最初は理解できなかったが、福の口を開けて納得。
そう、福の乳歯が抜け落ちて永久歯に生え変わっていたのだ。
あまりにも小さなかわいらしい歯がいくつも落ちていたので、私は後生大事に保管していた。
その後、自分が親知らずで抜歯した時の歯のかけらなども一緒に保管していた。
それを入れるためのもの。
仕事帰りにごまんと船場に向かった。
ペンダント型ロケットか、リング型ロケットが欲しかった。
たまにいくエスニックのお店に、ちょうど私好みの彫刻が施された大ぶりのリング型ロケットを見つけた。これなら十分乳歯は入るだろう。
そして東急ハンズへ。シルバージュエリーコーナーにちょうど彫刻が施されたピルケース型のロケットがあり、これしかないだろうと、チェーンもロケットに似合うものを選んで、自分の長さに調整してもらった。
久しぶりにご飯もきちんと食べないとと思い、イタリアンへ。
しかし全て下してしまった。

帰宅後、早速詰めてみる。
歯をそのまま入れるとカラカラと音が鳴るので、ティッシュにくるんで入れた。
本当は福の乳歯だけでいいのに、自分の抜歯した小さな歯のかけらも一緒にくるんだ。
福はいつでも私のそばにいたから、歯もそばにいたほうがいいかなと思って。
リングもピルケースもちょうどいい大きさであった。
それらを見て、気持ちの整理がついた気がした。
いつでも自分の身に着けていることによって、不思議な安堵感が沸いてきた。
これからは福の分も頑張ろうと思った。