● ● ● わ に の に わ ● ● ●

音楽やペット、スウィーツ、仕事、介護などを通じて、日々の色々な出来事をつらつらと書いてます。

1か月ちょい前、親指の腹の上部をL字型にざくーっとカッターで切りました。

爪の先とそれに接する指の間を爪の曲線に沿ってざくー、そしてそこから指腹へと直角にざくー、でした。

定規をあてて、厚みのあるものを裁断するために勢いよくふりかぶったので、刃が指にツーっと入ってくる感覚、結構あり、血が暫く止まらなくて仕事中困りました。

で、傷口がかぱっと開いてしまったために、絆創膏も結局は1か月くらい貼っていましたが、絆創膏を貼らなくなったその日にまた傷口の先がペラッとめくれて引っかかる気持ち悪さ・・・

こんなに長い間指先が使えない、傷口が大きくペラッとめくれてしまったので圧をかけれない、親指の指先って結構日常生活で使っていることを再認識しました。


例えば・・・

× ボタンのかけしめ

× 衣類にブローチをつける

× スマホの片手操作

× 洗髪→手袋はめるしかない

× ヘアピンとめる

× ヘアゴムで髪をゆわぐ

× 針仕事で玉結び

× 仕事で指サックが簡単に脱落

× キーボードを強くタイプする

× 包丁おろす際にターゲットを正確な位置でホールドする(左利きです)

× 本来のペンの握る位置で文字を書くこと


元々私の利き手は左で、それを幼少時に親が部分的に矯正したもので、ものによっては左、右と混在する変な人。

何が最悪だったかっていうと、怪我したのは自分の誕生日で、もう何も出来ないし、何もする気にもなれない、ついてないなぁと感じた1日でした。

今は普通に親指を使えていることに幸せを感じます。

親指ってたいせつ。


最悪な日の仕事終わりに、母と伯父から呼び出しが。

何かと思えば叔父がわざわざ堺の八角堂のくるみ餅の大きな壺を誕生日にと持ってきてくれました。


祝②.JPG


祝③.JPG


これ、結構大きな壺で、いったい中に何個くらい白玉が入っているのかわかりませんが(一体何人分なのだろう)、白玉好き、そしてくるみ餅好きな私はそれをおとな食いすることで、数時間前のつらい出来事を忘れることにしました。

おっちゃんありがとう。

美味しいものってたいせつ。
テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記
昔、すてっき(父)が仕事の帰りにお土産でよく買ってきてくれたパンがありました。


こどもの頃はそのパンには特に興味を示さなかったのですが、ふと3回忌を終えた後くらいにそのパンのことを思い出し、久しぶりに買ってみようと出かけてみました。

しかし店がどこにあるのか。

意外にも、自分の通勤路に1店舗(実はチェーン店)ありました。

私がこどもの頃にすてっきが買ってきてくれた、ということはものすごく昔からお店は存在しているようです。

すてっきが好きだった、そのお店でもイチオシのパン、久しぶりに食べて、というかちょっと塩分こゆい、岩塩の粒入りのバターをちょこっとのせて食すとこれが美味し。


このパンと共に、くるみのパンを買ってみました。

このお店には、くるみ入りのパンが他にも数種類あるような感じでしたが、生地を味わうならこれかなと思ったやつにしました。

大当たり。

くるみゴロゴロで、噛みごたえのある生地が、噛めば噛むほど口の中に美味しさが広がる感じ。


気に入ると、暫くはそれを繰り返す性分なので、違う日に買いに行くことに。

しかしお店には並んでいない、しょんぼり。

次の日もめげずに見に行くが、やはり並んでいない、更にしょんぼり。

最後の勝負だ、とまた見に行くが、やはり並んでいない、もう縁がないとしかおもえない。


普段なら3回目できっぱり断つ(逆に全く興味を失う)のですが、今回ばかりはなぜか気になり、今日も仕事帰りに覗いてみたら。

あ!

かろうじてひとつありました。

売り子さんに「ひとつしかないですか?」と尋ねると、

「はい、ひとつしかありません。」

と綺麗にオウム返しを頂いたので、その貴重なひとつを連れて帰りました。


明朝、腹に落とし込むつもりが、あれ、晩御飯食べたのに、その後なくなってました。


こういう感じで、私はこのパンになかなか会えない境遇ではありますが、普段の自分にはないテンションで、めげずにこれからもふらっと見に行ってみようかと思います。
ちいさいおおきい 2014


暑い日が続いてますね・・・・・

皆さん熱中症にはくれぐれもご注意、ほんとに。

というのも、私が今日恐らく熱中症かな?というのにかかってしまい回復には夕方までかかりました。

たまに貧血になるんですが(目の前がチカチカ、モノクロ、その後真っ白、倒れこむ)、今朝はいつもの貧血症状よりひどい感じ、加えてひどい頭痛と瞬時の全身大量発汗(頭のてっぺんから爪先までびとびと)で、出勤時、乗り換えの駅でしゃがみこんで項垂れたので駅員さんに抱えてもらい、駅長室で休ませて頂きました。

駅員さんがすぐに気づいて誘導してくださったおかげでホームに寝そべることもなく、それ以上の醜態をさらさず済みました。

ラッシュ時の大変な時に、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした、ご配慮、本当に感謝します。

この時はまだ貧血だと認識していたので、いつものように視界が見えてきたので回復したかな、と思って電車に乗り込んだらすぐに目の前真っ白、立ってられない・・・、次の駅で椅子に座りこんで、何とか会社に行くものの、足が進まない、手足の脱力がひどく、自分の身体じゃないみたいで、思考もおぼろげで、どうしていいかわからないような状態になり、結局半日休養室で休むことに。

で、治ったかというと、それでも治らない。

いつもとなんだか違うなと思い調べると、恐らく熱中症。

すぐに点滴代わりにポカリを大量に飲んで電解質を調整し、何とか終業まで仕事に従事しましたが、頭の回転が鈍い、というか、判断が甘い、歩くのもおぼろげで、地面を見ると、ちびの私が170センチくらいになったように遠く見えるし(これはこれでとても嬉しかったけれど)。
頭痛は治ったものの、相変わらず身体は他人のもののようで。

漸く18時くらいに普通に立っていられるくらいになりました。

確かに朝少し暑いかな、とは思いましたが、いつもと同じように徒歩で駅まで行き、いつもと同じように電車に乗り込んだのに、熱中症になるなんて、ほんとにびっくりでした。


今はすっかり回復。

ケロッとしてます。


ということで、熱中症は突然に。

ナイスミドルの皆様、ご注意。
こないだ、長髪の話を書いたときに思い出したことが・・・。


○●○●○●○● 富士額のおはなし ○●○●○●○●○●

小学校の頃、自分の周りの子のそれと比較すると、自分だけ明らかに歪な形状をしていることに違和感、そしておかしいのではないかと思い始めました。

おでこをあげると、周囲の子はみんな綺麗な曲線を描いた感じ。

しかし私はアルファベットの「M」の字になっている。

おかしい。


なんだかわからないが、毛の病気なのか。


これが下方向に侵略してまゆげに繋がったらどうなるのか。



ひそかに暫くなやんだ挙句、風呂場ですてっきのT字剃刀を拝借して、その「M」を綺麗な曲線に剃り落としました。

これでひと安心。


そう思っていたら、まもなく、母が私の顔面の異常に気づきました。


「あんた何してんの!!」

はい、もれなくビンタを頂戴しました。


今ではそんなことは言わなくなったのかも知れないですが、「女性の富士額はべっぴんさんの証だから」と母に教えられました。

その後残念ながら母の思惑通りにはなりませんでしたが、「証」だけは持っています。



○●○●○● ひめこちゃんのおはなし ○●○●○●○


幼い頃は男子、そして兄とつるむことが多かった私が読んだのは圧倒的に少年漫画。

しかし同級生の女子に恐らく借りたのか、珍しく少女マンガを読むときもありました。

キャンディキャンディとか。


確か「おはよう姫子」という漫画の主人公、ひめこという名前だったと思いますが、とても可愛らしいヘアスタイルでした。

その頃セミロングくらいだった私は、その「ひめこちゃん」に感化され、またもやひそかに暫く悩んだ挙句、誰もいない応接間にはさみを持ち込み、両側の耳辺りの髪の毛をばっさり切ってしまいました。

正面から見ることしか出来ない自分は、そんなにその切断面に奥行きがあるなんて想像もしていなかったので、何とか親にもばれないだろうと、しらんふりをきめこみましたが、母が頭髪の異常に気づきました。

「あんた何してんの!!」

はい、またもやもれなく綺麗な弧を描く母の愛のビンタを頂戴しました。


私が漫画を見て切断したイメージはほんの1センチくらいの奥行きだったのですが、実際は、3~5センチあったようで、子供の頭の大きさでいうと結構な奥行きがあった、ということでしょうか。


現代でいうところの、元ゆらゆら帝国の千代さんでしょうか。


千代.jpg
(右手前が千代さん。)


親から貰った身体に無断で細工してはいけないと気づいたのでした。


だからなのか、未だにピアスの穴を開けることに抵抗があります。

11月14日の大阪府庁でのCocodriloの単独コンサートにお越しくださいました皆様、そして色々な方からメッセージを頂きまして、本当にありがとうございました。

早々に御礼の記事をUPするつもりが、過日集団の予防接種を受けた際の副反応がちょっとひどく、結局未だ寝込んでおります。

レポートなどもまだUPできていない状況で申し訳ありません。

以前、接種した際に熱が出たことがあり、その時も会社をやすまざるをえなかったのですが、それ以降はあの辛い思いはしたくないなぁと思って接種を控えていたのですが、今回接種は必須というようなお達しだったため、今回は何もなければよいなぁと思いつつ受けました。

やはりビンゴでした。

前よりひどいです。

熱、頭痛、悪寒、倦怠感、眼痛、接種部位が3倍くらい腫れている、咳、咽頭痛、鼻水。

総合商社です。
全て請け負っています。

当たり前ですが、会社にも行けず。

ということで、御礼、お返事などが滞っている無礼をどうかお許し下さい・・・


>>>>>

その後です。

皆様大変お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。

実際こんなにひどくなるとは思っていませんでした。

結局、

某日昼過ぎ 接種 接種部位腫脹(上腕部全体)

翌日朝   発熱、倦怠感、頭痛
  昼   熱上昇 → ふらふら → 休養室で寝込む
  晩   高熱、頭痛、咽頭痛、咳、鼻水、倦怠感

翌々日   継続、寝込む

翌々々日  熱低下傾向、その他継続、寝込む、咳き込み激しい

翌々々々日 平熱、咳が酷い→午後から若干ましに

本日    ほぼ完治、咳はでてくるが随分ましに

結局会社を2日休むことに(こんなことで休むなんてあほらしい)。
2日休む前日は仕事でも使い物にならないくらいだったので、仕事としては3日の損失。

個人的にはほぼ1週間の損失。

さすがに重篤な副反応といわれるものはなかったですが、前回副反応が出た時よりも比べ物にならないくらいひどくて長引きました。

毎年予防接種で少し反応が出てしまう方は要注意です。


本格的罹患することを予防するものですので必要であることはよく理解してはいますが、個人的にこの副反応は・・

もう・・・・打たないなぁ・・・

2度あることは・・・なので、3度目更にひどくなったらと思うと・・・。


来年は予防接種よりもその他の手段で色々とインフルの予防に心がけたいと思います。

本当にすみませんでした。
長い間ご無沙汰しております。

最近はブログをきちんと更新する余裕がなく、日々せわしなく過ごしております。

3連休に、友達のおとやんの晴れの門出に出席すべく、宮崎、鹿児島へと旅立っておりましたが、書き始めると結構な量で、これはゆっくりと腰を落ち着けて、と思います。

今回は、楽しかった旅の思い出の後に遭遇した、その後1週間の哀しいやら悔しいやらという出来事について書こうと思います。


3連休の明けた21日の火曜日、私は先輩夫婦と呑みに出掛けました。
その際、普段食べもしない牡蠣フライをその時は何故か食べてしまったのです。
その日は何ともなかったのです。

しかし水曜の晩、木曜の晩と、立て続けにトイレで口から滝を創造する自分。
“きっと疲れているからだろう・・”
確かに疲労は蓄積されていました。

そして金曜の夕方。
耐え切れない胃腸の痙攣の応酬。
体が「く」の字の姿勢にしか出来ないくらいの痛みが続き、深夜は上から下から噴水で訳が解らないまま朦朧として夜を明かしました。
一応無意識にポカリを点滴がわりに飲んでいたので、幸い体力は温存されていたようです。

翌朝、つまりは土曜の朝に診察。
すると牡蠣フライからくるウイルス性胃腸炎と言われてえッ!?フライなのに!?
しかもこんなタイムラグ有で!?正直驚きました。

先生に薬を処方して頂いた際に、「暫くはおかゆの汁くらいならいいでしょ」という言葉に涙。
暫くおかゆの汁だけなの?
しかし胃をからっぽにしないと先に進みません(もう既に空っぽにはなっていたのですが)。
これで快方へ向かうものと信じ、先生にも許可を頂き、昼からのSmileの練習に参加すべく浅知恵邸へ。

かなり久し振りの練習に集まった面々、この年末年始に旅行や帰省やらでお土産が。
涙で前が見えない状態。食べられない。哀しすぎる・・・。

Megさんのお手製のサンドウィッチも凄く美味しそうだったのに食べられない。
心の中で豪雨が降っているかのように哀しい。

枝龍の持参した肉まんが美味しそうに光っていました(私にはそう見えました)。
可哀相だということで、Megさんが肉まんを包んで下さいました。
目の前でみんなが美味しそうにほおばる姿を見て、食べられないってこんなに辛いの?って半泣き状態でした。

そして練習。
どんどん歌う力も抜けてきて座って歌うことに。

そして休憩タイム。
ここで浅知恵さんとMegさんからサプライズが。
果物がこれでもかとたっぷりてんこもりにトッピングされたバースデーケーキが登場。
なかなかここまで乗っかっているものって見かけることがないのですが、すごい~!!

birthdaycake20080119


そしてMegさんが一言。

“ジャッキーちゃん、1週間早いけれど誕生日だから!!”



え。

え?
えぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇえええええええ!!!??????

微笑むMegさんに微笑み返しが出来ない自分。

私のようなはなくそのためにバースデーケーキのサプライズという感激の涙と、そんな貴重でむちゃくちゃ美味しそうなケーキをこの場で食すことが出来ない無念の涙を心の中で流しておりました。

その後ロウソクを立て、みんなで歌ってくれました。
誕生日はいくつになっても嬉しいものです。
そしてろうそくを吹き消すと、私が食べられないということで、ケーキは浅知恵さん、Megさん、枝龍、健くんのきっちり4等分に。
食べられないのは分かっていたけれど、え、ほんとに私の分がないの?
え、ほんとに?
ほ、ほんとぉぉぉぉぉ???
・・・・・・・・・・・・・。

4等分に分けられたケーキを美味しそうに食べるメンバーたちの幸せそうな表情。
そして自分のお皿に目をやると、「Jackeyおたんじょうびおめでとう」のマジパンプレートとほんの少しの果物。

現実を目の当たりにし、今度は本当に涙目になってしまいました。
そう、悔し涙でしょうか。
涙でプレートの文字が良く見えませんでした。

birthdaycake200801192


食べられないということがこんなにも悔しく悲しいものだと初めて痛感しました。
そして不慮とはいえ、なんというタイミングの悪さというか、折角のご厚意を無駄にしてしまい、一生悔いの残る想い出となりました。

結局その後また悪化して、水曜日にやっと職場復帰となりました。
1週間、結構辛かったです。もうこりごり。
やっと少しづつ食事が出来るようになりましたが、それでも本調子ではなく。

このままでは週末に予約を入れていたまんまやケーキが危ぶまれ・・・・。

新年に新たな試練と向き合い、ひとつ強くなれた・・・・はず。

ABC
前回の記事は、年賀状の遅配に関して記しましたが、今回は私がやらかしてしまった年賀状にまつわるお話をば。

凄くややこしい話ですので暇なときにご一読頂ければ幸いです。
私はこういう落とし穴があることを全く考えていませんでした。

今後短期間に転居される方は要注意です。

①私は2006年秋にA町からB町に転居、旧宅A町から転居先のB町への転送願はOK(転送期間は1年なので、2007年秋まで)

②普段年賀状のやりとりをしている方が、2006年に親族逝去のために2006年末に喪中葉書を旧宅A町に発送、転送されてB町の住居に届く

②それを受けて、私は2007年の年賀状を未投函(寒中見舞未投函)

③2007年初冬に私はB町からC町に転居、旧宅B町からC町への転送願はOK
 ただ、年末に近いために、賀状を頂く方々への転居のお知らせ葉書は送らず。(この時点で、A町からB町への転送期間は完了)

④2007年度が喪中であった②の人(2006年末喪中投函)は、情報としては2006年の年賀状の住所であるA町の住所が現住所と理解、年賀状の宛先をA町で投函

⑤2007年初冬以降C町に住んでいる私のもとには、2007年初冬迄住んでいたB町からの転送しか届かず、2006年秋まで住んでいたA町に投函された年賀状は「転居先不明」となって差出人に戻る

⑥元旦(遅配がなければ)に私からのC町の住所が記載された年賀状を見てA町からC町に転居していたことを知る

⑦改めてC町へ年賀状を投函してくださった

実は今回数名の方が上記のようなパターンで改めて現住所に年賀状を送って下さいました。

更に複雑なのは、私の年賀状にはいづれも転居した旨は記載していましたが、A町とB町は同区内で、住所も似ていたため見落とされた方も数名いらっしゃって、転居先不明で戻ってきたと連絡を頂きました。

私が一昨年喪中葉書を下さった方々に、寒中見舞いを送り、きちんと転居のお知らせをしていれば、このようなことにならなかったのだと、非常に申し訳ない気持ちで一杯になりました。

こちらをご覧の方で転居先不明でお手元に葉書が戻ってきた方、本当にすみません。

教訓:私のような場合(1年ごとに引越をした)は、時期的に年賀状とも近く、転居のお知らせ葉書を送らないのなら、年明けに必ず寒中見舞いで転居の旨お知らせすること!!

海より深く反省しています。
ということで、昨年末に喪中葉書を下さった方々で、現住所をお知らせしていない方々にはこれから寒中見舞いをお送りしようと思います。

それ以前に転居のお知らせはやはりきちんとしておかないといけないと。
色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした。
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5年前に患った病気をまた患っているような症状が暫く続いたので、若干気になり病院に行くことに。
話の流れで、結局はCT撮影をすることになり、ヨード系の造影剤を静注しました。

スタッフの方が「体内に入ると熱感がありますよ」と仰っていた通り、体内に投与して数秒間で、全身の末端、手足の指先にカァーっと熱さが伝わりました。
冷え性の私はちょっと心地よい温かさでした。

で、検査後からふらふら感と頭痛はあったのですが、それが時間を追うごとに、いわゆる造影剤の副作用と言われるような症状が出てきて困りました。
結局造影剤を打つことによりどんな症状が出たかと言いますと・・

□ 酩酊感
□ 頭痛
□ 掻痒感
□ くしゃみ
□ 熱感
□ 吐き気

結局、検査を受けた日は掻痒感でろくに眠れず、翌日出勤したら、掻痒感以外の症状がなお続いていたので休養室で休むことに。

母に「結構副作用っぽい症状が出て大変やってん」と話すと、どうやら父であるすてっきも掻痒感で大変だったそうで、それ以降は造影剤をかたくなに拒否しているらしいです。
親子だから似ているのでしょうか。

以前MRIを受けた際は、あの工事現場チックな騒音とクリック音がうるさくて若干辛かったですが、今回は検査自体はなんともなかったものの、造影剤でこういうおまけがついてくるとは・・・・・。

で、CT検査の結果は異常なしでしたが、念のためということで、来月は別の検査をするはこびとなりました。

暫くすっきりしませんが、あんまり気にせず秋を楽しもうと思います。


さて芸術の秋です。

私は何を楽しむかというと・・・次回へと続く。
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非常に尊敬し、慕っていた方が他界しました。

私には、「おじいちゃん」と呼べる存在が3人いました。
そのうちの2人は実の祖父。彼らは私が大学生の頃に続いて亡くなりました。
彼らが亡き後、会社に入社してから、私は3人目のおじいちゃんと出逢いました。

ご本人に直接伝えたことはないのですが、その方は私にとって自分の既に他界した祖父達以上に近い存在の祖父でした。

私にとって第三のおじいちゃんのような存在であった人は、普通なら親しくお話することさえ恐れ多い、先代社長の右腕と呼ばれた方でしたが、私が会社に入社して10数年お世話になった古巣が特殊なセクションであったので、おじいちゃんと数年お仕事をする機会があり、非常にお世話になりました。
年がかなり離れていたこともあり、私は自分の祖父のように慕い、仕事でもプライベートでも、世間話や色々な相談もしたりして、まるで本当のおじいちゃんとお話しているような感じでした。

仕事面では非常に厳しい方でしたが、仕事を離れると、年の離れた我々世代には、佇まいも、くしゃくしゃにして笑う表情も、言動行動全てにおいて「おじいちゃん」という表現がぴったりで、本当に可愛らしい人(非常に失礼なのですが)でした。
私にとってのある意味アイドルでした。
もちろん、周囲でも”おじいちゃんかわいい”と、人気がありました。

一時期一緒にお仕事をさせて頂いていた頃、私の席の真後ろにおじいちゃんの席があったので、私がくるっと椅子を回転させるとしわしわのおじいちゃんの笑顔はいつもそこにありました。

そういえば一度だけ意を決しておじいちゃんにわがままを聞いてもらったことがありました。
自分の誕生日のときに、おじいちゃんに一緒にランチを食べに行って欲しいとお誘いしました。可愛らしいおじいちゃんとランチが出来て、その年は最高の誕生日を迎えることが出来ました。

仕事で辛いことが続いても、職場に行くとおじいちゃんに会えるので、日々それを楽しみにしていた時期もありました。

私が長年いた古巣から転属が決まった時も、悲しいと感じた理由のうちのひとつは全く異なる畑に異動してしまうので毎日おじいちゃんと会えなくなるということでした。
それ以降は、おじいちゃんも会社にはたまに出勤されるペースとなり、今まで以上におじいちゃんに会えるチャンスが減っていったのでした。

私がおじいちゃんを祖父のように慕っていることを知る色々な部署の知り合いは、会社でおじいちゃんの姿を見かけると、わざわざ「今日おじいちゃん来てるよ」と電話をかけてきてくれたりすることもよくありました。
特に用事もないのにおじいちゃんに会いに行き、「こんにちは、ご無沙汰しております」から始まり、近況などを伺い「それでは失礼します」と会釈して去るという感じで、おじいちゃんに会えた日はその日一日笑顔がこぼれる「ラッキーデー」でした。

そのおじいちゃんが先々週に亡くなり、あまりにも突然の出来事で言葉を失いました。

告別式場ではあまり実感がわかなかったものの、先週、会社に出勤し、古巣のフロアを歩くと、“ここでおじいちゃんと立ち止まってお話したなぁ”とか、机の引き出しを開けると、”これ、おじいちゃんがくれたなぁ”とか、出勤してから悲しさが増しました。

自分が今使っている机、普通は異動する際、古巣の机はその部署に置いていくのですが、私は異動のたびに、このおふるの机と共に新天地にお嫁入りしています。
実はおじいちゃんから譲り受けた机だからです。

おじいちゃんが海外出張のお土産として、よく動物の置物をくださいました。
私が犬好きなのをよくご存知だったので、犬のものをよく探してくださったのですが、たまに“ほら、犬じゃよ”と言ってくださった物を確認すると、それは象であったりクマであったりすることもありました。
他にも、何かしら犬や動物が書いてあるとか、写真が載っているとか、そういうもの持ってきてくださいました。
犬や動物のグッズを頂く、ということでなく、私が動物好きで、あげるときっと喜ぶだろうと思ってくださっていたそのお気持ちが凄く嬉しかったです。
今でも、おじいちゃんが「保険の勧誘で貰った」という子犬の写真のうちわ、大事にしています。

本当に可愛らしく素晴らしく男気のある人でした。

おじいちゃん、本当にお世話になりました。
どれだけおじいちゃんの存在に励まされたか計り知れません。
あの可愛らしくくしゃくしゃにして笑う表情、煙草でしわがれた声、トコトコ歩く姿、何よりもいつも親身になり私にアドバイスをしてくださったこと。
もうお会い出来ないかと思うと残念で仕方ありません。

私が人間として非常に尊敬する人のうちのお一人でした。
心よりご冥福をお祈りします。
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夏のお中元、しかと頂きました。
ええ、お盆休みにきっちりと。
そう、お盆休みに私が受け取ったお中元とはウイルス性胃腸炎。

お盆休みに入る前日の11日くらいには既に食欲がストップ(普段は食欲旺盛で、朝食べないと動きませんし、晩は6時くらいには電池が切れます)し、朝昼晩、全く何を見ても食べたいと思えなくなり、同時に肋骨の間とみぞおちが痛んで、胸部をしめつけるブラジャーもはめるのやめていたほどでした。
そのうちおなかも下し始め、盆休みの最終日には分刻みに襲ってくる便意と腹痛。何も食べていないから何も出ないんですけれど。
諦めて病院に行くと、お中元を頂いていたことに気づいたわけです。

おかげでお盆休みはぱぁ。
色々な人から薦められていた奈良の燈火会も行けずじまい。
写真を撮りにふらっと出かけたかったのもアウト。

熱が下がらなかったので、なんと不本意乍ら休み明けの昨日と今日まで会社を休むはめに。
今日などは、会社に出勤したものの、正面玄関入ったところで貧血で倒れそうに。
オフィスに入って席についたもののしんどくてつい涙目に。
とんぼ帰りでした。ほんとに迷惑かけ倒しました。
バンドの練習も欠席。みなさんご迷惑おかけしてすみませんでした。

おかしくなってからは、ウィダーインゼリーが私のごはんに。
それも食欲わかないんで結構無理やり食べてました。
今日の晩に久しぶりに米つぶ食べれる状態に。

こういう状態の時って乳製品食べちゃだめなんですよね。
・・・私大好きなのに。特に牛乳。
普段、水代わりに牛乳を飲む私にとってはこれだけは辛かったです。

みなさんはお盆休み、体調など崩されませんでしたでしょうか?
季節の変わり目、どうぞご注意くださいね。

関係者の皆様、色々とご心配をおかけしまして本当にすみませんでした。
海より深く反省・・・・・。
20060716220835.jpg知り合いのマンションに遊びに行った時に、エレベーターで、上のフロアから降りてくる2匹の大きな犬と飼い主に遭遇しました。

今日も夜になっても蒸し暑いので、飼い主さんに
「(犬たち)今日も蒸し暑いから大変ですよね。」と声をかけました。

そしたら飼い主さんは自分に対して言われたのだと思い、
「もう暑いから(犬の散歩は) 大変やわ。ほんまはほうりたいねんけれどほられへんのや。」と。

・・・一瞬耳を疑いました。

大型犬の多頭飼いは確かに大変だとは思うのですが、自分の飼い犬であり、命のある子たちに向かって「ほうりたいけどほられへん(捨てたいけれど捨てられない)」なんて。

聞きたくない言葉でした。

どんな理由があるにしても、お願いだから命のあるものを簡単に捨てるなんて言わないで欲しかったなぁと、しょんぼりして家路へと向かったのでした。

飼い主になった以上は彼らが旅立つその時まで飼い主としてしっかりと愛情を注いであげて下さい。お願い。
20060531214332.jpg
Smileの練習後、帰宅して大阪城までとことこしました。

とても綺麗な色をしてお花に出会い、携帯で撮影しましたが、自分の目で見ている色と、ファインダーを通して画像として現れたお花の色が違うのです。
本当はもっと綺麗なうすむらさき。
何度撮影しても同じことでした。

ちょっと人と意思の疎通が出来ない時のようなジレンマを感じました。
綺麗に撮れなくてごめんなさい、うすむらさきのお花たち。

良く見るとぼけぼけだし。がーん。
antique.jpg

なくした。あぁ、またなくしてしまった。がくっ。

私はイヤリング派です。
ピアスは穴を開けるのが怖いのと、運命が変わるという迷信を今でも信じているからしません。

毎日、ウォークマン聴きながらとことこ出勤するので、歩いているうちに、イヤホンがイヤリングに当たってイヤリングが負けてしまうのでしょう。
今日もイヤリングは負けたようです。
結構気に入ってたのに・・・あぁあぁ。

もうどれだけイヤリングをなくしたかわからないくらいですが、それでも耳に穴をあける気にはなりません。

イヤリングをしていると、固定場所が悪いのかどうかは不明ですが、たまにひどい頭痛がしますが、それでも懲りずにイヤリングをします。

ピアスは小さくてかわいいデザインのものがたくさんあるし、今の主流はピアスなので、ショップに行ってもピアスしか扱っていないところが多いのですが・・。

ごまんはピアス合計4つか5つあけていたような・・・。

さて、こちらは今日落としたものではありません。
20世紀前半の舶来アンティークで、数年前にふらっと立ち寄ったアンティークショップにあり、どちらにしようか迷った末、ふたつとも買いました。
最近全く出番がない。

光ものを撮影するのは本当に難しい・・・
左のゴールドっぽいイヤリングは、実は玉虫色で、とても不思議な味を醸し出しています。

その頃は、まだステージで、いわゆる叶姉妹系のロングドレスを着ていたので、こういうアクセサリーはドレスに非常によく似合いました。

別に普段使いでも全然おかしくないものなのですが、最近は、こういうアクセに似合う服装・・・皆無ですね。
たまにはおめかししないといけないですね・・。
いちおう、おんなのこですもんね・・・、いちおう。
今日は本当に久しぶりにビルマーズの飲み会で、これまた非常に久しぶりの北浜の中華料理屋の龍門に行きました。

今日はよしをくんが来るということで、みんな会いたい会いたいと大騒ぎでした。

暫くぶりで、新天地の風に影響されて、よしをくんのイメージが変わっていたらちょっとショックだなぁと思っていたのですが、全く変わりなく、安心しました。
長い間会っていないブランクを感じさせない、皆との絶妙の間合いの会話が宴に華を添えました。

さて、この龍門、私のオフィスの近くにありますが、安くて旨し!です。
個人的には餃子と炒飯と春巻き、チンジャオロースー。
ここの餃子、にんにく入っていないのですが(というか、にんにくが苦手な私にとってはありがたい)とても美味しい。

大人数で中華に行くと、色々なメニューを頼めて嬉しいです。

久しぶりのビルマーズの集い、そして龍門の美味しい料理、そりゃご機嫌になります。

ご機嫌で帰宅したのに、深夜何故か苦しむことに。眠れる状況ではありません。

体中の液体が上から下から全部フェードアウトです。

でもね、深酒の時の症状とは微妙に異なり、これは治療中の消化器周辺がおかしくなっているのかもと思ってちょっと怖くなりました・・・
そんなにアルコール頂いていなかったはずなのに、どうして調子が悪くなったのか・・・・ちょっと食べ過ぎたのかなぁ・・・

真夜中にエビゾリになりながら、心の中で”ごめんなさいもうしませんもうしません(子供みたい)“とつぶやきました。

翌朝も若干の違和感を覚えながら出勤したら、昨晩一緒に龍門に行った京香ちゃんがひとこと。

「昨晩結構お酒召し上がっていらっしゃいましたね。」

ん?んんん???

・・そういえば、昨晩よしをくんも「今日はよう呑んでるなぁ」と言っていたような。

そんなに呑んだつもりはなかったのに。
楽しさにかまけてしめがこれでは最悪です。

げんきんなもので、もっと深刻な現実が待ち構えているのではないかと思っていた私は、ただの飲みすぎと判り原因がはっきりしたら、違和感も次第にフェードアウトしました。

20代の頃の許容範囲と反応とは明らかに違うのだなぁと、改めて30代の壁と対策を知った春でした。

呑む前に液キャべのんでおけばよかった・・・・
20060429212034.jpgちょっと前から、喉にピンポン玉を二つ入れているような違和感があり、それが次第に息苦しくなってきて、声も嗄れ始め、歌ってる途中で喉が痒くなってきて出なくなるという感じで、そのうち治ると思っていたのにずるずると引きずり、喋るのもおっくうになるくらいになってきたので、耳鼻咽喉科に。
先生は声帯は全く問題がないけれど、食道が荒れている、と言われて薬を頂きました。

しかしましにはならず、無意識にエレファントマンのように枕を高くして眠る有様。
これは食道のほうをなんとかしてもらわないと、ということで、内科へ。

もともと胃食道の逆流があるたちなので、先生に色々と症状を伝えると、ナイスガイの先生が爽やかな顔をして「じゃ、胃カメラ、飲んでみようか!」

・・・・・・・お願いします。

20の時にマロリーワイス(別に深酒をしてこの病気になったのではありません)にかかり胃カメラを呑んだときは本当に辛かった。

今回は径鼻胃内視鏡といって、鼻から入れる胃カメラでした。口から入れる胃カメラよりは、喉をアタックすることもなくおぇーっともならずにずっと楽と、ポスターにも書いていました。
“そうか、もうあんな苦しいことはしなくていいんやな、よかったよかった・・・”

そう思った私があさはかでした。

ベッドに横たわり、両鼻に麻酔ゼリーをどんどん注入され、鼻から喉を通って飲み込んでしまうので、すぐに咳がでて苦しい。呼吸困難になるよ・・・両鼻のまわりは白くなるし恥ずかしいし咳とまらないし苦しいしたいへん・・。

その次にテストでチューブを両鼻に入れられ、い、いたいいたいぃぃぃぃ・・・結局右鼻のほうが直径が大きかったようで右鼻が採用。
そして検査。ベッドに横たわってから2~30分はたっているように感じた。

爽やかな顔をした先生が内視鏡を取り出し、いざ突入。

自分の真横にテレビがあって、全部鮮明に見ることができたが、先生がこれはこうで、と、爽やかな表情で説明して下さるのはよいのだが、苦しくて受け答えできない。
普通は出来るそうなのですが・・。
受け答えしようものなら、鼻を貫通している器具をふんって先生めがけてとばしそうで怖かったです。

結局、感受性は人による、ということで、私にとっては口からも鼻からも、苦しさの大きさは同じでした。

検査が終了し、先生が内視鏡を抜き取ると、鼻の周りに麻酔のゼリーがびたびたについていたのですが、残念なことに診察室には鏡がなかったので、ティッシュでそのゼリーを完全には拭いきれなくて、両鼻に白い輪が出来たまま病院の会計でお金を支払ってすたすたとトイレに行ったのでした。

普通の格好をした女性が両鼻に白いわっかの跡つけて、何事もないような顔して歩いている・・・・かなりおもろい光景です。
20060423113315.jpgこれは私がお気に入りだったかばん。

大きさが小ぶりで使いやすく、あめ色も綺麗だし、なみなみにカットされた外枠もかわいいし、スタッドがぽちぽち入っているのも好みだし、革じゃないから雨の日もOK、私はこのたすきがけのかばんをたいそう気に入っておりました。

今日、外出先で歩いている時に、突然かばんのたすきがブチッと切れました。えぇぇl!?別に重たいものを入れていたわけでもないのに・・。

小さなかばんだったので、たすきが取れるとまるでポーチのよう。
セカンドバッグのような持ち方でキタを歩いてました。

しかしこんなに急な別れが訪れるなんで、ちょっとつらいなぁ・・・・。

なんとか修理しようと思います・・・・。
くっそー・・・。
20060416074513.jpg 今日はとても楽しかった半面、緊張した上にしょんぼりした日でした。

本当は色々な人に出逢えて非常に楽しく有意義な日で終わるはずだったのに。

自分の人見知りはいつまでたっても治らないので人には思うことの何分の1も伝わらなかったりします。

そして自分の引き出しの少なさやボキャブラリーのなさにがっかりもしました。
とどめをさしたのは自分の力量不足でした。

結果、色々な人に迷惑をかけてしまいました。

今日は自分の不甲斐無さにしょんぼりです。

自覚している自分の不甲斐無さラインを更に下回っていたと今更ながら気づくなんて、おめでたいとしかいようがありません。

そりゃお酒も進みます。

これは何とか挽回しないといけません。

人間とは学習する生き物ですから、前に進まないと意味がありません。
20060220231057.jpg私にとって食べ物のルックスは非常に重要だというお話をば・・。

私にとって、貝類は見た目が怖いというイメージがあります。とは言っても、幼い頃は食べないと親に怒られたので我慢して食べていました。

小学生くらいの頃に、和食屋でたまたま砂抜きが完全でなかった浅利か蜆を食べ、歯にあたった砂のじゃりじゃり加減が私の貝類嫌いを決定付けました。

ホタテの貝柱はOK(むしろ大好き)ですが、ひらひらしたものやちょっとふっくらした部分、つまりは怖い部分は食べれません。

牡蠣・・・・・。もちろんアウトです。
一度新地で知り合いが板さんをしていたお店で"美味しいから食べてみて!!”と、大きな生牡蠣を出してくれたのですが、周囲は美味しい美味しいと食べていたのできっとそれなりに美味しかったはずなのですが、私には怖いとしか思えず、とりあえず早く喉元を通過してくれと祈るばかりでした。

そんな私ですから、牡蠣を触ったことはこのかた一度もありませんでした。

で、昨日、貝類が苦手であるということを知らない身内から大量の生牡蠣を貰い・・・・
ちょっと困惑しましたが、とりあえず調理だけしてみようと、牡蠣を洗おうと触ってみたら・・・

あ、アァァァァァァ!!!!!

まるで生きているような感覚、背筋がぞぞぞぞぞぞぞ~!!!
しかもひらひらがついているし!!!!
イメージ的には小さなエイリアンの頭部。

大の大人が半泣きで牡蠣を洗ってました。

冗談抜きで悪寒がおさまりません・・・・。

きっとみなさんからしたら、あんたあほちゃうかーって感じですよね。。。

でもね、ほんまにほんまに怖いんですって。
MRI数日前に、普段たまに起こる回転性の眩暈(天井がぐるぐると回り、まるで酩酊状態)とは違う、ダブルの回転性眩暈(天井回転と自転)が起こって、これが3時間かそこいら続き、翌日もずっと気分がすぐれませんでした。

ダブルできたので、いつもとなんか違うということが気になって調べてみると、“はた”と気付きました。

前に書いた目の不調(結局は原因がはっきりとしないので本人ご立腹)と眩暈って全く無関係であると思っていたのですが、場合によってはとある疾患の可能性も秘めているということを知り、ちょっと怖くなりました。

杞憂と思いつつも、意を決して脳外科を受診し、MRIを受けることにしました。

今までいくつか検査というものを受けましたが、一番辛かった( 気持ち悪かった)のは、20歳くらいの頃にマロリーワイス症候群になった時に受けた胃カメラ、もう勘弁してください~と思いました。
あの時は、突然洗面所にいっぱいの吐血をしたので即入院、逃げ回る余地がありませんでした。

さてMRI、実際間近で見たことはなかったので、実際器具に自分がセッティングされてドームの中に入っていくと、“うわぁ、むちゃくちゃ狭い、こわいっ”と思ってしまいました。
これ、きっと狭所恐怖症の人、だめでしょうね。
そうでない私が入っても思わず心の中で”おかぁさぁぁぁぁぁぁん・・“ですもの。

検査中は機械から大きな音が発生するとは聞いていたのですが・・・・・。

最初にクリック音みたいな"カリッカリッカリッカリッ“
次に"コツッコツッコツッコツッ“という連続音。
暫くすると、断続的に“ぐがががががががががががががががががが”。
まさしく道路工事の音をアスファルトに耳をつけて聴いているようです。

大きな音に慣れていない人は辛いでしょうね。
久しぶりに大音量のHMのライヴを聴きにきた感覚でした。

想像以上に大きな爆音に、検査が終了するまでの30分~1時間の間、とても我慢できそうにないと思って、何か気分転換をはからねば・・・策を練った末、3月のSmileのライヴのメニューを頭の中で歌うことにしました。

が。

歌詞が全く出てこない!!あまりの爆音で歌詞がすっとんでしまうのです。
結局全然練習になりませんでした。あ~あ。

検査が終了し、ドクターから検査結果が告げられ、結局は疲れかストレスから諸症状が出ているとしか言えないという、悪いところがなくてよかった筈なのに、気になる症状の改善策が見出せないのでしょんぼりしてとぼとぼと家路へ。

途中スーパーに寄ると、平日の昼の時間帯に普段はスーパーを訪れることもないのでお客さんの入りなど知るはずもない私、入店すると、芋を洗うような主婦の波。もともと人ごみが苦手な私はMRIの爆音で気持ち悪くなっている上に人の波で更にいたたまれなくなりました。

今日は音の波と人の波にのまれた一日でした。

最悪の波乗り、ふーつかれた。
20060120002131.jpg
私の住む大阪が、とうとう記録を更新してしまったようですね。
全国でのひったくり件数が30年連続で最多だそうですね。

連続30年首位・・・。

確かにここ数年は減少傾向にあるようですが、どうして大阪だけがそんなに狙われるのか・・・?
そんなにみんなうかうかしていて狙われやすいのでしょうか?
それとも窃盗団などが多いのでしょうか?

そういえば、母も自転車の前籠と後籠にはひったくり防止のネットをつけています。
私にもつけたほうがいいよとアドバイスをくれましたが、見た目的にちょっと勇気がいるのでつけていません。

実際にひったくりに遭遇したことはないですが、妹のごまんはこんな経験が。

夜、川沿いを自転車で軽快に走っていた時、後ろからバイクが迫ってきて、ごまんの横を過ぎる瞬間に痴漢行為を働いたそうです。
因みにごまんの通常の自転車の速度は結構速いです。
が、逃げる速さでは勿論向こうが数段上ですので結局は泣き寝入り。

・・・そんなすれ違う瞬間まで、痴漢したいのか・・って思いました。

あと、知り合いでは自宅の門前で痴漢されたという話も聞きました。

外国人から見た日本のイメージにおいても、大阪はイメージがよくないと、最近耳にしました。
何に対してなのでしょう・・・?

大阪、たくさんいいところあると思うんだけれど・・・。

大阪は、「粉もんの街」や「義理と人情の街」くらいしかいいところがない・・のかなぁ・・・。
そんなことないはずなんだけれどなぁ・・・・・。